乗用車と商用車は同じ「自動車」でありながら対極的な商品で、それぞれ「少品種大量生産」と「多品種少量生産」を代表する品目だ。

 自動車の生産技術として、近年、機能単位でコンポーネントを開発する「モジュール化」が進められてきたが(VWの「MQB」やトヨタの「TNGA」が有名)、乗用車と商用車ではその目的が異なっており、たとえ電動化により部品総数が少なくなっても、共通のモジュールを設計することは難しいらしい。

 VWグループの大型商用車部門であるトレイトンが、乗用車と商用車で似て非なる「モジュール化」を解説している。

文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/TRATON SE

乗用車と商用車は見た目以上に違う?

乗用車と商用車の大きな違いが走行距離だ。年間の平均走行距離にして10倍以上の差がある

 グローバル化が進み、カスタマイズが可能で、トレンドを反映した優れた自動車を迅速に市場に投入するという要求が高まった。自動車メーカーはこの複雑な要求に「モジュール化」で応えてきた。

 自動車を機能ごとに一つの単位(モジュール)にまとめ、再利用可能なコンポーネントを設計・開発するというのがモジュール化の基本的な考え方だ。これにより自動車の開発期間は短くなり、製造プロセスが合理化され、品質が向上し、イノベーションが促された。

 モジュール化されたコンポーネントは、インターフェースを標準化し同じシリーズに属するコンポーネントのパフォーマンス調整を容易にする。顧客のニーズに「ちょうど良い」パフォーマンスを正確に実現できることが重要で、ある部品を「標準」として共通化したり、部品総数を減らしたりすることとは根本的に異なっている。

 いっぽう、製品として見た場合、同じ自動車というカテゴリーに属しながら、乗用車と商用車のオーバーラップは驚くほど少ない。フォルクスワーゲン(VW)は両方を手掛ける自動車グループだが、乗用車・商用車を横断するモジュラーソリューションの導入はあきらめたといい、それほどまでに両者の違いは大きいのだ。

VWグループの商用車部門であるトレイトンが、乗用車と商用車の「モジュール性」の違いを解説している

 乗用車はマス・マーケット向けに設計され、大量生産される。大手自動車メーカーの主力モデルの場合、年間100万台単位で販売される。大型トラックは最量販車でも10万台だ。

 また、乗用車は変化しやすい市場のトレンドと消費者の好みに応じていくつかのモデルと派生車種を展開する。個人にとっては快適性と運転体験が最も重要であり、提供すべきオプションは少ない。開発プロセスの調和と市場投入までの時間短縮のため、プラットフォーム自体をモジュール化する。

 逆に、商用車で最も重要なのは実用性であって、車両が利益を生み出すことだ。求められるパフォーマンスを提供するため、はるかに高い水準のモジュール性が要求される。年間30万kmを走るトラックも珍しくないが、乗用車の年間の平均走行距離は1.5~3万kmだ。

 そして、物流用トラックから建設用特装車まで、業界特有のニーズに合わせて、高度にカスタマイズ可能でなければならない。商用車メーカーの仕事とは、これをモジュール化された標準インターフェースを通じて提供すること、と言い換えることができる。

 商用車メーカーがスケールメリットを享受するには、様々な業界のニーズを理解し、それに基づいてコンポーネントをモジュール化する必要がある。そうでなければただの共通部品であって、利益は生まないだろう。

商用車にモジュール化を導入したスカニア

 VWの商用車部門であるトレイントン・グループは、MAN、スカニア、ナヴィスター、VWトラック&バスという4つのグローバルブランドを傘下に持っている。1960年代、トラック業界に初めてモジュール化というコンセプトを導入したのはスカニア(当時のスカニア・ヴァビス)とされる。

 その背景には新技術とグローバル化に伴って部品の組み合わせによる複雑性が増大し、重大な品質問題が生じたことがある。スカニアは顧客のニーズを分類し、同じニーズに対しては同じコンポーネントを再利用するというモジュール化を導入することで品質問題を解決した。

 スカニアのモジュール化の哲学はトレイトン・グループに受け継がれ、トレイトン・モジュラー・システム(TMS)により顧客の求める要件を適切なクラスターに分類し、正しいソリューションに「翻訳」する、洗練された方法になっているという。

 TMSによるマルチブランドでのモジュール化成功例の一つが、グループ各社でベースとなるエンジンを共有する「コモン・ベース・エンジン」プロジェクトだといい、トレイトンでは研究開発リソースの80%をグループとしてのイノベーションに、20%をブランド固有のソリューションに割り当てているそうだ。

乗用車とは全く異なるコスト意識

生産台数、(EVの)バッテリー配置、コストの考え方、汎用性など乗用車と商用車の違いは大きく、共通項は驚くほど少ない

 乗用車を設計する際、メーカーは平均して12~15のペルソナ(想定される顧客)を設定し、その好みに合わせて開発を行なう。いっぽう商用車は産業界の要求に合わせて設計される。

 見た目と快適性、運転性能と燃費などは商用車でも重要だが(特にトラックドライバーにとっては)、運送会社は耐久性と稼働率を重視する。さらにテレマティクス、自動運転やドライバー補助、フリート管理システム、用途に合ったコネクテッド機能など高度な技術は、「好み」ではなく「収益性」のために車両にシームレスに統合される。

 乗用車も商用車も、コストを考慮することは極めて重要だ。ただ、コストという側面において商用車は乗用車よりはるかにシビアだ。ユーザーは車両を使って利益を生み出さなければならないため、総保有コスト(TCO)と運用経済性(TOE)を慎重に検討する。

 競争力のある価格と燃費・整備費・ダウンタイム・アフターセールスなど、車両の収益性を高めるためのサポートも不可欠だ。また、中古市場での売却やボディの「載せ替え」もコストに影響する。

 商用車のモジュール化は、完全な再設計ではなく、段階的なアップグレードを促進することで、こうした要求に応えている。

 エンジン、トランスミッション、アクスルなどモジュール化されたコンポーネントは、標準化されたインターフェースにより交換・アップグレードが容易で、車両の寿命を延ばすことが可能だ。大型トラックでは車両のモデルチェンジに際して、キャブは変わったがエンジンはキャリーオーバー(あるいはその逆)ということも珍しくない。

 このアプローチはフリート(保有車両全体)の効率と信頼性向上にも欠かすことができない。電動化や排ガス規制に対してもメーカーはモジュール化で対応している。

電動化が進んでも乗用車・商用車のモジュール化は難しい!?

スウェーデンで製造されるスカニア車のキャブ。開発に莫大なコストがかかる大型車のキャブは、モジュール化によるメリットが大きいコンポーネントだ

 自動車の電動化により部品点数が減り、乗用車・商用車でのモジュール化が進むというという期待もあるが、トレイトンはこれには否定的だ。

 バッテリーEV(BEV)乗用車ではスペース効率の最適化と、重量配分、運転中のダイナミクスのためにバッテリーの配置を決定する。メーカーは車両の重心位置を下げ操縦安定性を高め、車内のスペースを最大化するために戦略的にバッテリー搭載位置を決定している。

 そして、「バッテリーパック」をモジュール化し異なる航続距離や出力に対応する。BEV商用車でもそれは同じだが、優先順位が異なり、商用車で重要なのはスケーラビリティ(拡張性)だ。

 大型車はアクスル構成が多様で、乗用車のような2軸車から、後2軸のタンデム駆動、前2軸の3軸車、低床4軸車など、一般的な車型だけでも車輪の数や配置が異なっている。こうした様々なアクスル構成に対応し、メンテナンスと交換を簡単にするため拡張性が重要になる。

 また、貨物スペースを最大化することが重要で、車両の安定性に関しても空車からフル積載時・トレーラ連結時を考えて重量を配分する必要がある。クレーン車やゴミ収集車など特装系の機械を搭載するケースに備えて、シャシーの架装性を確保することも重要だ。

 商用車でバッテリーを搭載できるのは、シャシーサイド、フレームの内側、天井(バス)などで、あまり自由度がない。

 本質的にモジュール化は、多様化するニーズに合わせた変革的なアプローチだ。電動化など乗用車と商用車に共通する要素技術もあるが、これまでに見てきた通り市場の需要と顧客のニーズはそれぞれに独自のもので、ニーズに合わせて再利用可能なコンポーネントを設計するというモジュール化の原点を考えれば、両者の「共通モジュール化」は今後も進まないだろう。

 ただし、商用車と乗用車でのモジュール化はあきらめたというVWだが、商用車部門をトレイトン・グループにまとめ、傘下の全メーカー・全ブランド・全製品にわたってコンポーネントの再利用を可能にすることで、商用車専門のグループとして規模の経済を実現しようとしている。

 輸送業界の変革が求められる時代にあって、商用車が将来の課題に効果的に対応し、効率性と適応性、持続可能性を向上するために、トラックのモジュール化がますます重要な要素となりそうだ。

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