1980〜90年代に一世を風靡した路線バス「いすゞキュービック」も、登場から40年を経た今や希少車となって久しい。ところが2024年8月に坂の街・長崎を訪れた際、これは夢か幻か? 最初に見たとき、筆者は自分の目を疑った!!
文・写真:橋爪智之
構成:中山修一
(坂の街を今も走るキュービックの写真付き記事はバスマガジンWebもしくはベストカーWebをご覧ください)
■エポックメイキングな大型路線車
2000年5月にエルガへフルモデルチェンジされ、生産が終了したいすゞ自動車の大型路線バスの前モデル「キュービック」。
前面窓に1枚の大きなガラスを持ち、両サイドに固定された確認窓を持つデザインが誕生したのは1984年、それまでの丸みを帯びた路線バスのデザインとは一線を画し、世間をあっと驚かせた。
そんなキュービックも、気が付けば誕生から40年。生産終了からも四半世紀近く経ち、日本のほとんどのバス路線から姿を消してしまった。
今ではネット上での目撃情報や、愛好家の知人友人からの情報を基に、地方都市まで足を運ぶなどしなければ、なかなか見かけることはできなくなっていた。
2024年8月、そんないすゞキュービックが、3台連なって目の前の停留所に停車していたのだから、これは夢かと疑いたくなった。もちろんイベントではなく、乗客を乗せ、バリバリ現役の状態での話だ。
■バスマニアの桃源郷「長崎」
このバスマニアにとって桃源郷のような場所とは、長崎県のことである。筆者は以前から、長崎を地場とする長崎バス(長崎自動車)には、まだ多くの旧型車が活躍しているという噂を耳にしており、一度は訪れてみたいと思っていた。
幸運にも、2024年の夏に長崎を訪れる機会があり、列車で長崎駅に降り立ったのだが、新しくなった長崎駅から外に出て、バス乗り場の方へ歩いて行くと、駅前の停留所に前述のような光景が飛び込んできたのだ。
これはしかし、偶然かもしれない。そう思って駅前でしばらく観察してみると、エルガなどの新車も見られるものの、キュービックが信じられないほどの頻度で次々とやって来る。
しかも長崎バスだけではなく、長崎県営バスでも現役で使用されている。令和となった現代では、異様と言えるほどの台数が活躍しているのは間違いない。
長崎市内にある営業所の一つ、大橋営業所を訪れてみたら、全体の1/4〜1/3がキュービックのようであった。
いずれも1995年にマイナーチェンジされた、LV280/380系以降の車両であるが、キュービックだけではなく、ほぼ同時期に導入された西日本車体工業製の車体(96MC)を持ったタイプも見られる。
これらはすべて、V型8気筒となった8PE1型エンジンを搭載したモデルで、排気量は15,201ccに達する。
昨今は小排気量のダウンサイジング・ターボエンジンを搭載する傾向があり、いすゞ自動車のエルガ最新モデルでは、4HK1-TCH型直列4気筒エンジンとなっており、気筒数は半分、排気量は5,193ccと約1/3になっている。
■長崎バスが旧型車両を使う理由
今は環境問題や、ガソリン価格の高騰による燃料消費量の抑制という問題もあるなか、なぜ長崎バスは古い世代のバスを令和の今も使い続けるのだろうか。長崎バスへ取材をしたところ、旧型車両を使い続けるのには、以下のような理由があるという。
・坂道の多い長崎において、坂の途中で停止したあとに発進しても、負荷に耐える特性がある。
・坂道で停止後に発進してもすぐに馬力が出る。
・部品の供給が今でも安定している。
・整備がしやすい車両である。
これについては、なるほどと納得してしまった。製造中止後、四半世紀近く経ってしまった車両の整備性や部品供給が安定しているという点は少し驚いた。
一方で、急坂が多い長崎という町において、トルク特性がフラットで安定している大排気量ノンターボエンジンというのは、運転手にとって相当な助けになっていることは間違いないだろう。
ダウンサイジングターボは、バスにせよ一般乗用車にせよ、エンジンのスペックだけで見れば20年以上前の大排気量車両と遜色はないが、ドライバビリティという面ではやはりノンターボに分がある、と言えるのではないだろうか。
■山道に響き渡るV8エンジンの咆哮
実際に長崎市内でキュービックに乗車してみた。昔ながらのツーステップで、床の一部が木造となっているのも、昭和〜平成期にはよく見られた懐かしい構造だ。
V8エンジンはパワーもあり、町中の発進・停止もスムーズだが、市内中心部を離れ、急勾配が連続する山間部へと入っていくと、いよいよ本領を発揮。
V8エンジンにも鞭が入り、まるで観光バスのような重低音の勇ましいエンジン音が車内に響き渡る。とても大型車が通行するのは困難……
……と思えるような軒先迫る狭い路地を、巧みなハンドル捌きで次々と切り抜けていく、運転手の超絶テクニックにただただ感動するが、急坂の狭隘路を安定して走るためにこそ、このハイパワーで安定性のあるV8エンジンは存在するのではないか、とすら思えてくる。
時代の流れにより、こうしたバスもいつかは終焉の時を迎えることになるはずだ。末永い活躍を期待したいところだが、もしこうした旧型車を追い掛けているファンの方がいたら、現役車両が多数走っている、今のうちに訪れておいた方が良さそうだ。
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