クルマにまつわるさまざまな限界をとことん探る2013年の本誌企画から、クルマの「技術」と「限界」の熱き戦いをプレイバック!(本稿は「ベストカー」2013年8月10日号に掲載した記事の再録版となります)
文:編集部
■限界は越えられるためにある
記録や限界というのは破られるために存在する。いまの技術では「限界」と思われていることでも、エンジニアのたゆまない努力や発想力で次々と壁を打ち破ってきたのは歴史が証明している。
自動車の世界では、1970年代に沸き上がった排ガス規制が大きな壁となったことがあり、あまりの厳しい規制値に誰もが「無理だ」と思ったものだが、日本の技術者は乗り越える技術を開発し、あの厳しいといわれた排ガス規制をクリアした。
ホンダのCVCCといった独創的な技術は、こうした『限界』を打ち破るための技術だった。
いっぽう、クルマの技術といえばパワーアップ、パフォーマンスアップの「限界」との闘いという側面もある。
最高速度は常に限界との闘いだったといっても過言ではなかろう。初代最高速チャンピオンはいうまでもなく1886年に初めて誕生したカール・ベンツの自動車で約13km/hだったといわれている。
最高速が初めて100mph(約160km/h)を超えたのは意外と早く1921年のベントレースーパースポーツだった。その後1984年にはフェラーリ288GTOが公道仕様車で初めて実測300km/hを超える302km/hをマーク。
2005年にはブガッティ・ヴェイロンが400km/hを記録し次々と壁を打ち破る。
現在の記録はブガッティ・ヴェイロンSSの持つ430.98km/hが世界一の早さとなる。
ちなみにGT-Rの最高速は日産が公式に発表している値は315km/h。
タイヤを回して駆動力を得る自動車という定義だと、路面との抵抗、そして2乗で増加する空気抵抗の問題もあり500km/hあたりが限界ではないかといわれているが、これとて技術力と熱意で乗り越えられるだろう。
日本車の最高速は、1970年代後半は150~160km/hあたりで200km/hが大きなカベと言われていたが、1984年にはフェアレディZが240km/hをマークするなど、一気に「限界」は引き上げられた。
いっぽう、エンジンのパフォーマンス。最高出力については排気量を拡大すれば無限大に上げられるので、指標としては「1Lあたり何馬力出せるか」に注目。
これも過給エンジンとなるとグンと増大できるのでNAエンジンでの値にこそ価値がある。
100ps/Lがハイパフォーマンスエンジンのひとつのラインといわれているが、市販エンジンで初めて突破したのは1989年にホンダが開発したB16A型エンジン。
VTECが初めて採用されたエンジンで、1595ccの排気量で160psを発揮。100.3ps/Lという数値だった。このエンジンはインテグラ、引き続きシビックSiRIIなどに搭載された。
(写真、内容はすべてベストカー本誌掲載時のものです)
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