特集は木工を学ぶ大人たちの学校です。この春、長野県上松町にある技術専門校に、全国から集まった18歳から65歳の39人が入校。それぞれの夢や目標に向かって、「木工漬け」の日々を送っています。
■県内唯一 木工技術が学べる職業訓練校
「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村「夜明け前」)。
島崎藤村の小説の有名な書き出しの通り、山に囲まれた木曽地域。昔から林業や木工が盛んです。
その伝統を受け継ぐのが県上松技術専門校。県内で唯一、木工技術が学べる職業訓練校です。
この日、作業場では「鉋(かんな)」の実習が行われていました。
訓練生・高垣海人さん(兵庫出身25歳):
「難しいです、微妙な調整があったり、毎日(木の)形も変わるし」
訓練生・津口るいさん(広島出身41歳):
「早くうまくなりたい」
県上松技術専門校・内田実指導員:
「手道具を大事に、研ぐところから始まって、道具の使い方をしっかり覚えて、家具作りに結びつけていくところです」
入校して1カ月。訓練は始まったばかりです。
県上松技術専門校は終戦の翌年・1946(昭和21)年の開校。
家具づくりなどを学ぶ「木工科」と漆塗りやろくろなど伝統工芸を学ぶ「木材造形科」があり、これまでにおよそ4000人を輩出しています。
■18歳から65歳 39人が入校
中野市出身・土屋美稀さん:
「訓練生としての自覚と誇りを持ち、技能と知識の習得に努め立派な技能者になる」
今年度、入校したのは2つの科合わせて39人。6割以上が県外出身で、18歳から65歳と幅広い世代が職人を目指して1年間の訓練を受けます。
5月7日―。
朝8時半、体育館で朝礼を兼ねた準備運動で1日が始まります。
指導員:
「丸太の小口で、これから最大の柱を取りたいときに、この角目を使います」
午前は製図の授業。
勾配を出す際に用いる差し金・L字型の定規の使い方などを学びました。
■最年長65歳「元気なうちに夢実現」
こちらは愛知県出身の宮田正彦さん。訓練生最年長の65歳です。
木材造形科・宮田正彦さん(愛知出身65歳):
「すごく新鮮で、いろんなことを毎日教えてもらえるので、楽しくやっています」
宮田さんは、大阪の機械部品メーカーに勤務し、2023年、定年退職。悠々自適の日々は選ばず、次のステップへ。
木材造形科・宮田正彦さん(愛知出身・65歳):
「元気なうちに、100個やりたいことを今書きだそうとしていて、それを一つずつ実現して、元気なうちに100個を終わりたいというのが夢」
まだ100個は見つかっていませんが、8番目に思い浮かんだのが「技専」への入校でした。
木材造形科・宮田正彦さん(愛知出身・65歳):
「法隆寺をつくった宮大工さんの本を読んだことがあって、20代の頃に家具職人になろうと思ったが、何のチャレンジもせずに夢をあきらめた。昔したいことや、やりたいこととか実現させてから死ぬしかない」
目指すは、木の温もりが伝わる机や椅子を作る職人。プレゼントしたい相手がいます。
木材造形科・宮田正彦さん(愛知出身・65歳):
「(孫に)買ってあげるのもいいんだけど自分で作ろうと思って。ド素人でついて行けるか心配ですけど、皆さん優しくしてもらえるので何とかなると思って、1年頑張ろうと」
■「研ぎは一生」
午後1時―。
「起立、礼、お願いします」
午後は「鉋(かんな)」の実習。
まず刃を研ぎます。
木材造形科・庄司吉伸さん(愛知出身・36歳):
「(指導員も)『研ぎは一生』と言っていたけど、研がないといい板も作れないので」
研ぎ終えたらいよいよ「削り」。
木工科・土屋美稀さん(中野市出身・25歳):
「刃の調整で厚さが薄くならないといけないんですけど、薄くしようと思うと削れないし、削ろうと思うと厚くなるし、調整が難しい」
刃の調整に苦戦していたのは中野市出身の土屋美稀さん(25)。
ハウスメーカーで3年間、インテリアコーディネーターとして働いてきました。大工や家具職人の技を間近で見るなかで配置を考える側から作る側になりたいと退職して、入校しました。
木工科・土屋美稀さん(中野市出身・25歳):
「(イメージと)ギャップしかないですね。ぱぱっと早く職人さんは作業していたんですけど、そんなことにはいかなくて。すごく難しいということを改めて身をもって感じました」
■憧れの職人目指し アメリカ出身の男性も
こちらは、アメリカ・フロリダ州出身のアズース・エランさん(36)。
木工科・アメリカ・フロリダ州出身・アズース・エランさん(36):
「アメリカの鉋って押すんですけど、日本の鉋は引きます、全然感じが違います」(写真@アメリカ)
エランさんは2023年までアメリカで中古物件のリフォームや不動産投資の会社を営んでいました。
日本人の妻と結婚したのを機に愛知県へ。憧れの職人を目指して入校したそうです。
午後4時、この日の実習が終わりました。でも、作業場にはまだ多くの訓練生がー。
学校が閉まる午後5時まで「自主練」です。
木工科・玉村秀和さん(兵庫出身・54歳):
「大体毎日1時間くらいはやらせてもらって。皆さん頑張っているし、自分も負けたくないので」
訓練生の大半・29人は隣の「木曽駒寮」で寮生活を送っています。
1人1部屋が用意され、訓練日は1日3回の食事付きです。
アメリカ出身のエランさんが部屋で取材に応じてくれることになりました。
「おじゃまします」
部屋は六畳一間。
木工科・アズース・エランさん:
「(広さは)十分ですよ、ほとんど部屋にいないので、本当に寝るだけ」
日本に語学留学したこともあるエランさん。日本が好きで特に「木工技術」に引かれたと言います。
木工科・アズース・エランさん:
「世界一じゃないですか、日本の木工って。まだ建っている古い木のビル(建物)は日本が一番古い。日本の手工具、鉋とノミとか素晴らしい」
枕元に置いてあったのは妻・菜摘さんとの結婚式の写真。
実は今年2月に結婚した「新婚さん」です。
木工科・アズース・エランさん:
「(新婚ほやほやですが?)付き合いが長いので、10年以上なので。寂しい」
上松の技専を見つけエランさんの背中を押したのは菜摘さんだったそうです。
木工科・アズース・エランさん:
「木工をやりたいって言ったらいろんな学校を探してくれて、3校くらい見学に行ったんですけど、高山と飛騨の学校も、ここが一番よかった。奥さんには会いたいけど、寂しくないですよ、仲間がいっぱいいる。1年間は足りないと思うので、(卒業後は)工房に入ってもっと勉強したい。できれば自分の小さな工房をつくりたいです」
■「木工漬け」の日々
夜7時半(ピロティ作業)、寮でも自主練する訓練生。
鉋で苦戦していた土屋さんの姿も。
木工科・土屋美稀さん(中野市出身・25歳):
「授業で使っている鉋の研ぎをしていました。1年という短い期間なので時間を有効に使えればと」
まさに「木工漬け」。目指すは一人前の家具職人です。
木工科・土屋美稀さん:
「家具って長く使ってもらう物だと思うので、買ってからも次の世代にも使ってもらえるような家具が作れたら」
それぞれの夢や目標に向かって歩み出した訓練生たち。
秋には本格的な家具作りや伝統工芸の実習が始まります。
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