学校では「勉学」、家庭では「しつけや生活習慣」。
子どもの教育となると、親や教育現場にもこうしたすみ分けがされがちだ。しかし、子どもからすると学校も家庭も同じ日常にあり、どちらもつながっている。
公立中学ながら宿題ゼロ・定期テストゼロなど教育改革を起こした千代田区立麹町中学の校長を経て、2024年3月まで横浜創英中学・高等学校(横浜市神奈川区)の校長を務めた工藤勇一さん。
教育においてもっとも大切なことは「子どもの主体性を失わせないこと」だと考えている。
そこで今回は、非認知能力育成のパイオニアであるボーク重子さんが、工藤さんに学校と家庭をつなげることの大切さについて話を聞いた。
中1から中学3年まで学年を全部取っ払う
麹町中学校の校長として6年間で、宿題ゼロや定期テストなくすなど公立校の教育改革を起こし、大きな話題になった工藤さん。
2020年4月からは横浜創英中高の校長として自律型教育を目指し、「学びの大転換」を行ってきた。
そんな工藤さんの軸は子どもの「主体性」だ。
工藤:
教育の目的は2つあると思っていて、その一つが主体性です。人間はもともと主体的で赤ちゃんの頃は全員、主体的。
この主体性を失わせないで、子どもの持っている潜在的な才能などを伸ばしてあげることが教育の大切な目的。子どもが自分の力で、人の力を借りながらも歩んでいけるようにすることが大事。
もう一つは、多様性の社会の中で生きていくための力。さまざまな人たちと生きていくということはすてきなことばかりではありません。常に困難が伴います。
それを乗り越える知恵やスキルが必要です。この2つの目的は学校が押しつけて指導するものではありません。子ども自身が体験を通して学んでいくものであり、どう学ぶかは子どもが決めることなのです。
重子:
自己決定ということですね。
工藤:
ヨーロッパの教育の目標が明確に変わってきたのは第2次世界大戦後ですね。
それ以前は世界中のどの国々も、富国強兵という言葉に象徴されるように、自国を強くするために国民に教育を与えていくという考えが中心だったんだと思います。
第2次世界大戦後、大きく変わったのが、デンマークやフィンランドといった北欧。そしてヨーロッパや、アメリカに広がっていく。
重子:
実際に「主体性」と「自己決定」を育む取り組みとして、どんなことをされてきたのですか?
工藤:
究極は何を学んで、どのように学ぶかを子どもたちが選択できるようにすることです。それに近づけていくために、横浜創英で去年やったことは、中1から中学3年まで学年を全部取っ払うこと。
授業を“このクラスはこの授業”ということはなく、学ぶ部屋がいくつもあり、学ぶ内容と学び方を選べるようになっています。
ある教室は先生が教科書を使って普通に教えるクラス。ある教室はヒアリング・スピーキングを中心に学べるクラス、そしてある教室はDuolingo(デュオリンゴ)などのアプリ、TANZAM、ELSAなどのアプリやYouTube、AIの教材を使ったりしている。
学び方は全く自由に学んでいい。他にも日によってはプログラミングを学びながら英語を学ぶクラスがあったりもします。そして、原則、どのクラスで学ぶかは授業の直前で決めていい。
重子:
主体性と自己決定ですね。何事も自己決定で自分ごと化することで、より主体的になれて結果も最大化します。
対談最初からいきなりですが、麹町中学校と横浜創英で大改革をした工藤さんの力で何としても日本の教育を変えてほしい!
トラブルに大人が介入しすぎている
工藤:
日本の教育はすでに幼児教育の段階で、大人が介入しすぎていますね。例えば子どもが2人で遊んでいて、ケンカをし始めたりすると、すぐに大人が介入して「順番ね」「仲良くね」「謝ろうね」などということになる。
もちろん放っておいたら、どちらかが泣き出すとかが起こるわけですが、子どもにはこの体験がすごく大切です。そもそも、泣くという行為は自尊感情の現れです。ストレスとしっかりと向き合っている行為です。
当然ですが、これを見ている相手の子どももその様子に影響を受け、何らかの感情が芽生えます。そして、「そのおもちゃ貸してよ」「いやだよ」「何でだよ」「だって返してくれないじゃないか」などというやりとりが行われたりします。社会性を学ぶ大切な機会です。
つまり、大人がすぐに「順番ね」などと介入するという行為は子ども自身の解決能力を奪っていくことに直結していくということです。
これを続けていると、ついに子どもは“解決するのは自分じゃなくて大人だ”と勘違いしていくことになります。こうして当事者意識を失っていき、そのまま大人になっていく。
重子:
「順番ね」とルールを決めるのは先生や親ではなく、子どもたちであるべきですよね。そうすることで事態が自分ごと化して、自分たちで作ったルールだから尊重するようになる。
自分たちで解決していくプロセスには、他者の気持ちに寄り添う共感力、一緒に課題を解決する協働力、そしてルールを守る社会性という非認知能力が大きく関わっています。
問題解決の方法もそうですが、それと同様に自分ごと化することで非認知能力もより効果的に育まれていきます。
非認知能力は“スキル”の問題
工藤:
非認知能力は数値化できない見えにくい力です。
ただ、さまざまな非認知スキルを考える時、「自制心」「思いやり」などに象徴されるように、ついつい「心」に注目する方がいらっしゃいますが、本当に注目すべきは「心」の教育じゃありません。
しかし、残念ながら日本の教育では、対立を解決する時に必要なのは「人の気持ちを考える心」だと教えている。
言い換えれば、トラブルが起きたときに“人間関係の折り合いをつける方法”を教えているということができます。ですから、対話にならない。声の大きい人に負けたり、ケンカは損だから黙ってろと子どもたちが覚えていってしまう。
ボーク:
とても共感します!根性論や感情論ですべてを片づけようとするのは無理があって、勇気を出せと言われても、「わかっているけど、どうやればいいかわからないから困っている!」というのが実情。
だからこそ目に見えない非認知能力を育む方法をスキルに落とし込むことが重要です。私が主宰するBYBSコーチングでは非認知能力の育成をスキルに落とし込んで訓練しています。
工藤:
スキルは訓練すれば“誰でも身につけられる”と教えられますが、心を鍛えろなどということになってしまうと、誰もが身につけられることではありませんよね。
ボーク:
学校教育の現場で、先生方は認知能力中心から認知+非認知への過渡期で大変です。非認知能力の育成の訓練を受けていないのに、いきなり非認知能力をスキルとして実践するのはかなりハードルが高いと思います。でも、スキルですから学べば誰でもできるようになる。
自転車に乗るのと一緒。知らなければできない、知っていてもやったことがなければできない。知識として知って、実践する方法を知ってやってみる。そして継続することでいつでも、どこでも、誰とでもできるようになっていく。
子どもをどうやって手放すか
工藤:
(3月まで校長を務めていた)横浜創英の入学式では、僕は必ず親御さんに向けて2つの話をしていました。1つ目は「子どもの主体性を奪わないようにしましょう」。
2つ目は「多様性の中でトラブルになったときに当事者意識を持つように育てましょう」。まとめれば、「どうやって手放すか」ということです。
18歳になって「お母さん、どこの大学に行ったら良い?」なんて聞く子になってほしくないですよね。どうやって手を離せるか考えましょう、と投げかけます。
工藤:
そして誰もができる方法として3つの言葉を教えています。1つ目は「どうしたの?」、2つ目は「君はどうしたい?」。そして、3つ目が「何か手伝うことはある?」。
すべてが質問系になっていますが、特に大事なのは2つ目と3つ目の「君はどうしたいの?」「何か手伝うことはある?」。
この2つの問いを繰り返していくと、子どもはおのずと自己決定せざるを得なくなってきます。
主体性を失って与えてくれるサービスに慣れた子どもは「(そのサービス)違うじゃん」と不満を言うようになります。
例えば、朝、子どもがなかなか起きてこないことを心配してお母さんが(サービスで)起こしにいくと「起こし方が悪い」と文句を言うし、起こしに行かないと「なんで起こしてくれないの?」ってサービスを要求する。
主体性を失って依存的になった子どもは、うまくいかないことを環境や人のせいばかりするようになっていきます。いったん、こんな状態になってしまった子が主体性のある状態に戻るまでにはかなり時間がかかります。
横浜創英では元の状態に戻すことをリハビリと呼んでいますが、遅い子どもで約1年間ものリハビリがかかります。
ボーク:
私の専門は家庭における非認知能力の育成、そして教育現場と家庭を繋げることです。だからこそ工藤さんの教育現場から保護者に対する3つの質問、最高だと思っています。
学校での学びをより効果的にするためにも、家庭の中で非認知能力を育んでいこう。家庭での素敵な向き合い方を応援するために学校でも自己決定と主体性にフォーカして育んでいこう。最高に素敵です。でもそれを実現するためにはどうすればいいのでしょうか?
工藤:
ますは子育てで、もっとも大事な目標を大人たち全員で共有することですね。子育ての目標を一言で言えば、将来、人の力を借りながらも自分の力で世の中を歩んでいけるようにすることです。
この目標を失ってまでつけなきゃいけない知識やスキルはありません。世の中を生きていくために絶対に必要な主体性や当事者意識を持てずに、世の中を生きていくための知識だけを身につけても幸せにはなれません。
ボーク:
家庭でどんなにいいことをやっても、学校でやっていなければ効果は最大にならない。反対に学校でどんなにいいことをやっても、家の中でその環境ができていないと結局子どもは家の中で育つのでキャンセルされる。
家庭と学校の両方で同じ向き合い方ができたら、子どもたちの非認知能力は最大に高まります。それほど家庭と教育の現場をつなげるのがすごく大事。
家庭が3つの質問で心理的安全性を担保して元気な子どもを学校に送ったら、学校がこれまでの点数重視や命令・指示じゃなくて、子どもの自己決定と主体性を引き出す教育にフォーカスしたら最高の連携が生まれると思います。
頑張ります、家庭と教育現場の連携のために。
工藤:
僕も頑張ります。
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