ヒトを10歳以上若返らせたら総額1億100万ドル(約150億円)――。2025年に始まるこんな国際コンテストに、日本から少なくとも7チームが参加する。このコンテストは革新的な技術開発を後押ししてきた実績があり、若返りが実現に近づくかもしれない。
コンテストは、大企業や個人投資家などからの資金で運営する米国の非営利団体「Xプライズ財団」が主宰。これまで巨額の賞金をかけて月面到達や海中探査などを競ってきたが、今回の賞金は史上最高額だという。
目標は、各チームで集めた50~80歳の男女に1年以内の「治療」を施し、筋力、認知力、免疫を10~20歳若返らせることだ。1年かけて最大40チームによる準決勝が行われ、最大10チームが決勝に進む。決勝は30年2月までに最終データを提出し、12月に勝者が決まる。
責任者のジェイミー・ジャスティスさんは「若返りは動物実験で実現しているが、ヒトへの応用にはギャップがある。そこを埋める新しい解決策が求められている」と強調する。
日本から名乗りを上げるのは、独自の技術を持つベンチャー企業や研究者などだ。
大阪大発のベンチャー「AutoPhagyGO」(オートファジーゴー)は、ノーベル賞の対象になった生命の基本的な仕組み「オートファジー」を応用する。
オートファジーは自食作用とも呼ばれ、細胞内で不要になったたんぱく質などを分解・再利用して新陳代謝を促進する。仕組みを初めて解明した大隅良典・東京工業大栄誉教授は16年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
近年、老化に伴うオートファジーの働きの低下が、加齢現象の要因の一つだと考えられつつある。高齢になってもオートファジーの機能が維持されるよう遺伝子を操作したショウジョウバエやマウスでは、寿命が延びたり、病気を予防できたりする効果が確認されている。
ただ動物と異なり、ヒトの遺伝子は改変できない。そこで同社は、オートファジーを活性化する食材やサプリメント、有酸素運動などを組み合わせ、生活改善を図る方法を検討する。
同社の石堂美和子社長は「高齢者の健康は大きな社会課題だ。日本がリードする研究分野で、解決策を示していきたい」と話す。
東京大の合田圭介教授(バイオエンジニアリング)は、細胞が出す「エクソソーム」という微粒子に着目する。
エクソソームはナノ(10億分の1)メートルクラスの微小な袋で、たんぱく質や遺伝情報物質などが含まれ、細胞間の情報伝達で重要な役割を果たしているとされる。マウスの実験では、若い細胞が出すエクソソームで、老化した組織の再生機能が高まるなどとの報告があるが、詳しい仕組みはまだわかっていない。
合田さんは分子や細胞の解析が専門だ。エクソソームを網羅的に調べて機能や生体への影響を解明。より組織に取り込まれやすくするよう改良し、若返りに生かす狙いがある。「組織の再生機能が一気に高まり、これまでと明らかに違う若返り方ができるのでは」と期待する。
ただエクソソームを巡っては、ヒトの体内に投与する自由診療がすでに美容医療のクリニックなどで行われている。効果はいずれも不明で、安全性が確認されていないものもあり、厚生労働省や日本再生医療学会が注意喚起している。
合田さんは、まずマウスの老化細胞や組織などを対象にした基礎実験で効果を確認した後、ヒトの細胞での実験に進むと説明。「エクソソームは細胞間でよくやり取りされるため、拒絶反応のリスクも低いとみられる。最終的には科学的根拠に基づいた生体に優しい方法を開発したい」と語る。
老化研究に取り組む慶応大の早野元詞特任講師らも、参加を予定する。
早野さんは、細胞に備わる「エピゲノム」という仕組みをわざと乱すと老化が早まることをマウスの実験で証明した。人為的に老化させたマウスをたくさん作り、さまざまな市販薬を与え、若返りにつながる成分を探す研究に取り組んでいる。
「世界では、運動などで老化のスピードを落とすのではなく、革新的な技術を使って治療し、健康寿命を延ばす研究が盛んだ。今回のコンテストは、技術によって自分の人生をより良くデザインできる時代が訪れるきっかけになるだろう」と話した。【寺町六花、渡辺諒】
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。