パリの「レストランケイ」で2020年、日本人として初めて三つ星を獲得した小林圭シェフ(47)は、日本で自身の名前を冠したコンセプトの異なるフランス料理店を4店手掛けている。
21年、静岡県の御殿場に開店した「メゾンケイ」は富士山の見える店内で、くつろぎながら地元食材のフレンチを楽しめる。24年1月オープンの「エリタージュ バイ ケイ コバヤシ(以下、エリタージュ)」は、ザ・リッツ・カールトン東京(東京・六本木)にある本格的なメインダイニング。虎ノ門ヒルズ(東京・虎ノ門)49階に3月開業した「ケイ・コレクション・パリ」はオープンキッチンのライブ感が楽しめるグリル料理の店で、バーも備えた「大人の遊び場」といった雰囲気だ。
なかでも「メゾンケイ」に続き、老舗和菓子店「とらや」と組んで4月に開業した「エスプリ・セー・ケイ・ギンザ(以下、エスプリ・セー)」はユニークだ。「美食研究所」をうたい、厳選した最高級の食材をフランス料理の技法にとらわれず「最もおいしい調理法」によりアラカルトで楽しませてくれる。
前菜のひとつ、「最中(もなか) キャビア 毛蟹(がに) グリビッシュ」はパリッとした食感の最中の皮の中に毛ガニ、カニ味噌バター、そしてキャビアと、ぜいたくな海の幸が封じ込められている。キャビアは小林さんが好む色、味わいを熟成士に特注したもの。味わいの決め手は酸味のある、マヨネーズベースのグリビッシュソースだ。
「アメーラトマトのサラダ アーモンドミルクとバジル」は、静岡産アメーラトマトを使った一皿。トマトは新鮮さを生かしつつ、ごく軽く火を通して甘みを引き出す。甘みと酸味のコンビネーションに、バジルのグラニテ(氷)、アーモンドミルクのエスプーマ(泡)のソースが加わり、上品なカプレーゼを思わせる。
メインのひとつ、「オマールブルー海老(えび)フライ キャビア添え」は子どもの頃、大きなオマール海老のフライを食べたかったという小林さんの夢を実現した。仏ノルマンディー産の最高級のオマール海老に竹炭入りのパン粉を付けて、高温でカリッと揚げる。キャビアを添え、高級食材を堪能できる。
店には舌の肥えた海外の富裕層も、ホテルのコンシェルジュに紹介されて訪れる。普段、パリにいながらどのように料理と店の水準を保っているのか。
エスプリ・セーで小林さんがスタッフに説くのは「食材の声を聞く耳を持つ」こと。牛なら何歳で、オスかメスか。どう調理すれば一番おいしいのか。より味わいを高めるために熟成させるのかなど、食べ頃を見極める。「みんなが食の研究者になってほしい。お客様も店で食材などについて得た知識、体験で心を満たしてほしい」と話す。
小林さんは年に数回帰国し、味やサービスなどをチェック。その都度、新作を20〜30皿ほど試食するという。「ゼロからか、修正してやり直しか。でも、修正してやり直して、おいしさがここ止まりだ、となったらまたゼロからやり直し」と小林さんは妥協しない。
普段はフランスから電話やビデオ通話で指示を出すという。アイデアが浮かぶとすぐ小林さんから電話する。「多忙なシェフの都合に合わせ、新作やイベントの特別メニューのアイデアを日々擦り合わせています」とエスプリ・セーの現場を預かる杉本昌久シェフ(40)は言う。「シェフの方向性に沿ってまず提案。そして改善やだめだという反応がある」
エスプリ・セーも含め、小林さんが帰国時の2週間ほどの間に試食するのは4店で100〜120皿に及ぶ。
「ほぼ毎日コンタクトをとって料理について話し合う」と「エリタージュ」の村島輝樹シェフ(51)も話す。エリタージュは松茸(まつたけ)や筍(たけのこ)、菜の花など四季折々の食材で、日本人としての感性を生かした伝統フレンチをコースで出す。エリタージュはフランス語で「遺産、継承」の意味で、フランス料理を次代につなぐという思いが込められている。
イタリアやフランスで研さんを積み、日本でシェフを務めた店を一つ星獲得に導いた経験のある村島さん。「伝統を伝えてフランス料理のファンを増やし、フランス料理に恩返ししたいという小林シェフに共感した」と話す。その思いが、日本の現場とパリの小林さんとをつなぐ。
小林さんが目指すのは「ケイ」ブランドを確立することだ。「エルメス」などから影響を受けているという。「パリの『レストランケイ』はいつも自分がいるオートクチュールで、他の店舗は高級プレタポルテ。ディレクターであるデザイナーがいて、それぞれのラインにデザインチームがいるのと同じ編成です」と、高級ファッションブランドになぞらえる。
「ケイ」ブランドの店では料理だけでなく、サービスも含め、小林さんのセンスやディレクションが行き届いている。そこに各現場のシェフの力量が加わり、相乗効果が生まれている。小林さんが目指すのは唯一無二の世界観を持つ「ケイ」ブランドが、顧客から「私の世界一」と評されるレストランになることだ。独自の視点でレストラン運営を考える、日本の新しい料理人像といえそうだ。
ライター 安田薫子
吉川秀樹撮影
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