今年もテニスの全米オープンが行われ、観客動員数の最高記録が再び塗り替えられた。11世紀から続くこのスポーツに、2024年も多くの人が感嘆した。
「テニスは人間の力、優雅さ、知性、機知、バランス、スピード、喜び、悲しみ、強い意志を見せてくれます」と神経学者のブライアン・ハインライン氏は語る。ハインライン氏は全米テニス協会の会長で、全米大学体育協会(NCAA)の最高医療責任者だった経歴を持つ。
テニスは見る者をくぎ付けにし、プレーするのも楽しいだけでなく、心身の健康にも良い。
「テニスがこれほど長く続いているのは、あえて仲間との交流を楽しむ『ソーシャルダブルス』から競技性の高いシングルスまで、さまざまなレベルでプレーでき、スピード、持久力、体力、技術力、戦略など、多くの面で全身を使うためです」と米テキサス大学南西部医療センター運動環境医学研究所の所長を務めるベンジャミン・レバイン氏は話す。
テニス特有の動きはとにかく体にいい
テニスをすると、肥満や糖尿病のリスクが減り、体の協調性や活力のレベルは向上し、心臓の機能が強化されるなど、多くの健康上の効果が得られることが示されている。
ラケットをスイングすれば、肩や腕の筋肉が引き締まり、成長する。体を絶えず回転させたり動かしたりすると、体を安定させる体幹の筋肉が強くなる。ダッシュ、姿勢保持、長時間の運動によって脚、背中、足の筋肉が強化される。
「ほかの多くのスポーツと異なり、テニスは素早いスタートとストップ、急な方向転換など、筋骨格系を多方面に使う必要があります」と米ニューヨークにあるマウント・サイナイ・ヘルス・システムのスポーツ医学部門を率いる医師のジェイムズ・グラッドストーン氏は説明する。
また、テニスを「特に子どものときに始めた場合、骨がより強く、太く、健康」になると医師のバベット・プルイム氏は話す。プルイム氏はスポーツ運動医学コンサルタントでもあり、オランダ王立テニス協会の最高医療責任者を務めている。
プルイム氏はその理由として、動きを繰り返すおかげで新しい骨組織が形成され、古い組織の分解が促されるためだと説明している。「運動に伴うメカニカルストレス(機械的刺激)、ホルモン反応、血流の増加、栄養吸収の促進が組み合わさって、骨が強化され、骨格全体の健康が改善します」
テニスには柔軟性、バランス、可動範囲を向上させる効果もある。「テニスでは腕や体を伸ばしたり、方向転換したり、激しい動作の後に減速したりするため、柔軟性が必要とされます」とハインライン氏は話す。
さらに、テニスは心臓疾患のリスクも減らす。その理由の一つは、強度が高い動きと短い休息の繰り返しが、「中強度の運動を長時間していることになる」ためだと、米ロサンゼルスにあるナショナル・バイオメカニクス・インスティテュートの理学療法士兼ボディーパフォーマンスコンサルタントのラミ・ハシシュ氏は述べている。「つまり、血流の増加と心筋の強化に最適なのです」
このような要因により、テニスは血圧を下げ、安静時の心拍数を改善し、脂質の状態を改善してコレステロール値を下げてくれる。これらは「定期的にテニスをすると、心臓病のリスクが最大56%低下すると示されている」理由の一部だと米理学療法協会の広報担当者を務める理学療法士のジェシカ・シュワルツ氏は話す。
10年近く寿命を延ばす
これらはテニスをしている人がほかの多くのスポーツをしている人より長生きする要因でもある。
これを実証すべく、デンマークの心臓専門医ピーター・シュノール氏らは有名な「コペンハーゲン心血管研究」を行い、さまざまなスポーツと寿命の関係を25年にわたって調べた。
シュノール氏によれば、テニスの寿命を延ばす効果は、調査対象となったどのスポーツより顕著だった。各スポーツの寿命を延ばす効果は、サッカーが4.7年、自転車が3.7年、水泳が3.4年、ジョギングが3.2年だった。そして、驚くことに、テニスをしている人は9.7年も寿命が延びた。シュノール氏は、テニスが心血管系と筋骨格系に有利であり、テニスを通じて人とのかかわり合いからサポートが得られる点を理由に挙げている。
「社会的孤立が短命を招く最も強い予測因子の一つであることからもこれは明らかです」とシュノール氏は述べている。ちなみに次点はバドミントンの6.2年だった。
心の健康にもいい効果
テニスはメンタルヘルスにもいい。
「このスポーツでは、絶えず戦略を立て、素早く決断し、状況に適応することが求められるため、脳の機能が刺激され、認知能力が問われます」と身体運動学の専門家で、米ミシシッピ州立大学身体活動ウェルネス研究所の所長でもあるミーガン・ホルムス氏は話す。
テニスの反復運動によって、「脳由来神経栄養因子(BDNF)と呼ばれるタンパク質が海馬で活性化します」とシュワルツ氏も述べている。BDNFは神経の可塑性を向上させ、加齢に伴う認知機能の低下を防ぐ。ハシシュ氏によれば、BDNFは記憶機能も向上させるという。
また、テニスをする人は「非活動的な人に比べて、眼球運動が正確で、反応時間が速い」とプルイム氏は指摘し、テニスをする人はほかのスポーツをしている人に比べても、反応時間や時間情報処理が優れていると言い添えた。
さらに、グラッドストーン氏によれば、テニスをする人は「そうでない人に比べ、ストレス、抑うつ、不安のレベルが有意に低い」という研究結果もある。
始めたい人へのアドバイス
テニスに挑戦し、このような利点を享受するには、用具、ルールと原則、グリップ、ストローク、フットワーク、サーブリターンの技術など、基本を学ぶことが不可欠だとハシシュ氏は述べている。基本を学ぶには、「コーチからレッスンを受けるか、地元のテニスクラブに入会する」のが一番だ。
また、ハシシュ氏は自分のレベルに合った品質のよいラケットに投資し、足をサポートしてくれる履き心地のいいテニスシューズを用意することも勧めている。
「適切な用具を使うことで、パフォーマンスを高め、けがを防げます」
シュワルツ氏はプレー中のアドバイスとして、自分の体の声に耳を傾け、水分補給を怠らず、必要に応じて休憩を取る重要性を強調している。「また、ぬれたコートや悪天候でのプレーは避け、けがをしないよう、1週間にプレーする日数は少しずつ増やすようにしましょう」
米ミズーリ州立大学の准教授レスリー・イコールズ氏は熱心なテニスプレーヤーの立場で、現在の技術や活動のレベルに関係なく、誰でも何歳からでもテニスを始められると断言している。
「私は自分への40歳の誕生日プレゼントとして、初めてテニスのレッスンを申し込みました」とイコールズ氏は振り返る。「私の人生で最良の決断の一つでした。一生プレーし続けるつもりです」
文=Daryl Austin/訳=米井香織 (ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年9月8日公開)
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