白を基調とした広々とした造り。目の前には伊勢湾が広がり、大きな窓から青い海を一望できる。名古屋から車で1時間弱。愛知県美浜町の海沿いに昨年オープンした、別荘のようにも、リゾートホテルのようにも見えるこの宿泊施設。実は……。【町田結子】
7月下旬、平日の午後2時。名古屋市内から車で到着した男女5人は荷物を置くや否や2階のリビングダイニングに集まり、カラオケのマイクを握ったり趣味の絵を描いたりと、思い思いにくつろぎ始めた。
今回が6回目の滞在という溝口忠雅さん(20)は「ここはゆっくりできるのが良い」と満足顔。同じく「常連」という佐藤希子さん(19)は「(滞在を)楽しみにしていました」とはじける笑顔を見せた。スマホには、これまでの滞在で撮ったたくさんの写真が収められている。
みんなに声かけしたりお茶を出したりと、せわしなく働く施設スタッフの手元には、5人分の「障害福祉サービス受給者証」。ここは知的障害や発達障害がある人が過ごすための短期入所(ショートステイ)施設だ。
ショートステイとは、介護者の都合で家で過ごすことが難しい障害者が、施設に短期間入所して食事などの必要な支援が受けられるサービスだ。近年では、障害者本人の自立訓練の場としての需要も高まっている。
だが、こちらの施設「みらせんリゾート美浜」は少し趣が異なる。
海が見えるゆったりとした空間にリゾート風の家具。目の前に沈む夕日を眺めた後は、皆がそろってテーブルを囲み、バーベキューを楽しむ。食事の準備や片付け、ベッドメーキングはスタッフが担うため、基本的には必要はない。海辺の散策や花火など、他にも旅行気分を満喫できる要素が満載だ。
ないなら造ろう
まるでリゾートホテルに滞在するかのような時間を過ごせるのは、ここが全国的にも珍しい「障害者の余暇」をテーマにしているから。
施設を運営するのは、名古屋市に拠点を置くNPO法人「障がい者みらい創造センター(みらせん)」だ。特別支援学級の教諭だった竹内亜沙美さん(40)が、知的障害や発達障害がある若者を支援しようと2017年に設立。以降、中高生向けの就労支援教室(放課後等デイサービス)やショートステイなど支援活動の幅を広げてきた。
ただ、竹内さんには気になることがあった。利用する若者のほとんどは、家と学校、家と事業所を往復するだけの生活。友達と遊びに行こうにも、待ち合わせの仕方が分からなかったり、出かけたとしても忘れ物などのトラブルも多かったりして、必然的に出かける機会は限られていた。
「お出かけ」を阻むもう一つの要因がコストだ。一般的な福祉施設で働いた場合、月の給料は1万円程度。一方で、宿泊を伴う旅行にも同程度かそれ以上がかかる。
「この子たちだって気の合う仲間と旅行に行きたいはず。給料の10分の1のお金で余暇を楽しめるようにするには、どうしたらいいんだろう」
モヤモヤを抱える中、たまたま訪ねた美浜の海を見て、「みんなにも見せてあげたいな」とぽつり。そして思いついた。「福祉サービスを活用したリゾート風のショートステイを造ればいいんだ」
応能負担で笑顔
ショートステイなら1泊2000円程度にできる上、18歳以上は本人の所得に応じて利用料が決まるため、自己負担はほぼ0円。福祉サービスは月の負担上限額があるため、18歳未満でも他のサービスを利用していれば多くの場合、追加負担なく宿泊可能だ。
利用者は自宅を離れ、友達同士で余暇を満喫。スタッフが24時間対応するため、本人も家族も安心できる。電車での移動が難しい人たちには、車での送迎サービスを提供すればいい。
構想を経て、施設は全国初の「リゾート型ショートステイ」として昨年7月にオープンした。評判は上々で、現在は月60人ほどが利用し、週末はほぼ満床だ。
竹内さんは「障がい者が『稼げない』とか『就職できない』というのは社会の課題。私たちがそれを解決できないのなら、彼らが収入の範囲内で、健常者と同じように余暇を楽しめる仕組みがあるべきだと思うんです」と力を込める。
施設の利用者は現在、みらせんの事業所の利用者や卒業生が大半だ。だが、自治体が発行する障害福祉サービス受給者証を持っていれば、制度上は誰でも利用できる。
竹内さんは「旅行に来る感覚で県外からも来てくれる人が増えたらうれしい。今、うちに来ている子たちが違う地域に旅行に出られるように、日本中、いろんな場所にリゾート型ショートステイができればいいなと思っています」
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