「マヤの一生」などで知られる作家・椋鳩十の生誕120年を記念して、生涯の大半を過ごした鹿児島市で特別企画展が開かれた。感動的な動物物語を通して社会に問い続けたメッセージは何だったのか。椋に関する著書を発表した作家とともに、時代と椋鳩十の歩みを振り返る。
生誕120年の特別企画展を開催
1984年、椋鳩十が「読書」について語った番組映像が、鹿児島テレビに残っている。
この記事の画像(12枚)「どのように栄養があっても、栄養の話を聞くだけでは栄養にならない。食べること。素晴らしい栄養を食べるように、読むということは心で食べることだから、優れていると言われているものを味わってみるのが一番大事」
本を手にソファに腰掛け、優しく穏やかに語りかける椋鳩十の表情が印象的だ。
2024年10月、生誕120年を記念して、鹿児島市のかごしま近代文学館で特別企画展「椋鳩十それぞれの顔」が開かれた。9月に著書「椋鳩十と戦争」(出版書肆侃侃房)を発表した、作家の多胡吉郎さんとともに会場を巡ってみた。
多胡さんはフリーペーパー、旅の情報誌「みちくさ」で、2022年夏から2023年11月まで、椋鳩十について連載した企画をもとに1冊の本にまとめた。
会場に足を踏み入れると、写真や直筆のメモなど貴重な資料を見ることができ、詩人、山窩小説家、児童文学作家、鹿児島県立図書館長、それに夫、父親、教師など、様々な顔をもつ椋鳩十の姿が浮かび上がってくる。
戦争の中でも「書くことをやめない」
椋鳩十(本名:久保田彦穂)は1905年、長野県に生まれた。大学卒業後、鹿児島に移り住み、教員生活をしながら物語を書き続けた。
28歳の時、「椋鳩十」の名前で初めて作品「山窩調」を発表。山を渡り歩いて暮らしていた「山窩(さんか)」と呼ばれる人たちを描いた。しかし作品は、発売からわずか1週間で発禁処分となった。
多胡さんによると、この2年前(1931年)に満州事変が起き、日本が軍国主義、そして戦争のほうへと傾き始めた時期に重なるという。「日本国としては、国家の統制を受けないような暮らしに、人間の真実を見ようとする椋さんの姿が好ましくない形で映った」と多胡さんは分析する。
しかし、椋鳩十は書くことをやめなかった。日中戦争が勃発した翌年(1938年)、少年と小熊の交流をあたたかく描いた「山の太郎熊」。太平洋戦争に突入した1941年には、苦難を乗り越えてふるさとの家にたどり着くツバメを描いた「嵐を越えて」。
加治木高等女学校の教師を務めながら、戦争色に染まる雑誌に、異色の動物物語を発表し続けた。
多胡さんは、当時の日本の論調は「『とにかく敵をやっつけろ』『国のために命を惜しむな』みたいなキャンペーンのオンパレード」だったと説明する。そうした時代の中で「動物の愛情の物語、命の大切さを描く物語を紡ぎ出す」椋鳩十の心情に、多胡さんは思いをはせていた。
企画展の一角に、作品「孤島の野犬」の取材ノートが展示されていた。椋鳩十が動物たちの生き様を丹念に描ける理由がわかった。
ノートには、“甑島の野犬”“夜になると山から降りて畑にやってくる”“カモの群れを待ち伏せしている”といった言葉がつづられていた。
取材ノートには、当時、甑島にいた荒々しい野犬の生態が丁寧にメモされていた。この島で取材を20回重ねて生まれたのが、「孤島の野犬」だったのだ。「孤島の野犬」は、軍用犬として育てられた犬が終戦と同時に山に捨てられ、野犬たちに命を狙われながらも生きていく話だ。椋鳩十はありのままの姿を取材し、緻密に描き続けた。
戦争の反対は平和でなく「命」だ
多胡さんが集大成と語るのが、椋が65歳の時に発表した、飼い犬マヤと家族の物語「マヤの一生」だ。戦争で食糧難が続き、犬など飼っているのはぜいたくだと、マヤを殺すように国から通知が来る。
物語で描かれる日常の会話には、戦争でゆがんだ心が現れている。マヤを守りたい一心で、子どもが放った言葉が胸に刺さる。
「マヤを、殺さなくたって、非国民でないことを、みんなに知らせてやるんだ。戦いに、うんと強くなって、いちばん先に、敵の陣地に、突撃して、いちばん先に、戦死してやるんだ」(「マヤの一生」より)
多胡さんは「非常に大きな同調圧力の中で、大人たちだけでなく、マヤを愛する子どもたちも毒されている」と語る。
物語の終盤、マヤは残酷にも子どもたちの目の前で殺されてしまう。
「マヤの一生」について、椋鳩十は自筆ノートに「意識的に戦争を出さずして、戦争とは何かを感じさせようとした」と書き留めている。
椋鳩十が読者に訴えたいことは何だったのか。
「戦争の反対って何だと思います?」という多胡さんの問いに、記者が「平和…」と答えると、多胡さんは、「普通そうですよね。平和で間違いないんですが、椋さんの場合は単に平和で終わらないんです。椋さんにとっての戦争の反対にあるのは“命”なんです。戦争の痛みから出発しながらも、『命とは何か』というのを追い求めた人です」と静かに教えてくれた。
時代に流されず、動物たちと人間を見つめ、命を描き続けた椋鳩十。
世界が決して平和とは言えない今、椋鳩十の作品はあたたかく、力強く、生きる尊さを私たちに語りかけている。
(鹿児島テレビ)
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