QRコードの切符に対応した改札機も増えてきた

鉄道の利用には切符が必要だ。切符は正式には乗車券と呼ばれ、旅の始まりとなる駅の改札口を入るときから、目的地となる駅の改札口を出るときまで携えていなければならない。

いま広く使われている切符は2種類ある。紙の切符、そして「交通系」と称されるICカードの切符だ。本来、切符とは運賃や料金の支払い済みを示す紙片との意味をもち、厳密に言えばICカードは切符ではない。

だが切符を乗車券という意味でとらえれば、プラスチック製のICカードも当然含まれる。近年はスマートフォンなどにICカード機能が搭載され、自動改札機にタッチして乗車することも可能となった。

乗車券を鉄道を利用する際の証明と考えれば「チケットレス乗車券」となるが、矛盾した意味に受け取られるので、「チケットレス乗車」、または単に「チケットレス」と呼ばれることが多い。

リサイクルが問題に

切符のなかで最も古くからあるのは紙の切符だ。1872年(明治5年)に国内初の鉄道が開業した時から用いられている。

改札口で回収された紙の切符は売り上げの集計を終えると鉄道会社で裁断のうえ、古紙回収業者に払い下げられてリサイクルされていく。この際に問題となったのが、1980年代半ば以降に一般的となった、自動改札機に対応した磁気タイプの切符である。

磁気タイプの切符は、改札業務や売り上げ管理の簡素化に多大な貢献をもたらした。ただ切符の紙片に金属が含まれているため、そのままでは古紙として再生できない。わざわざ磁気を帯びた部分を剥がす必要があり、業務面でもコスト面でも鉄道会社各社にとって大きな負担となっていた。

こうした欠点を解消するために誕生したのがICカードの切符だ。切符に関する情報を何度でも書き込めるので、磁気を含めた紙の切符と異なり繰り返し使用可能で、加えてタッチするだけで自動改札機を通ることができる。

日本の鉄道でICカードの切符が初めて用いられたのは1998年(平成10年)8月28日で、スカイレールサービス(広島市)が運行していた広島短距離交通瀬野線に採用された。懸垂式モノレールとロープウエーとを合体させたようなユニークな鉄道だったが、残念ながら今年2024年(令和6年)4月末までで運行を終了してしまった。だがICカードの切符を最初に導入した路線としても長く記憶されるであろう。

宇都宮ライトレールの車両は全国交通系ICカードで利用できるよう、乗車時と降車時とでICカードをタッチさせる装置が別々に用意されている(2023年9月6日に筆者撮影)

ICカードの切符が本格的にデビューしたのは2001年(平成13年)11月18日で、JR東日本が首都圏エリアに導入したSuica(スイカ)である。あっという間に普及し「全国交通系ICカード」と呼ばれるICカードの切符の代名詞にもなった。

その後、JR東日本は2006年(平成18年)1月28日にモバイルSuicaのサービスを開始する。携帯電話機やスマートフォンをIC乗車券のように使うことができるようになり、チケットレスで鉄道を利用可能な時代が到来した。

JR東日本によると、首都圏エリアではICカードやチケットレス乗車での利用がいまや大多数を占めるようになったという。その割合は2015年度(平成27年度)で約90%、2021年度(令和3年度)で約95%に達している。

導入コスト低いQRコード

いま注目を浴びているのは街中の店舗での買い物などで一般的となってきたQRコード決済だ。スマホに表示したり紙に印字したりしたQRコードを自動改札機や運賃箱に示せば利用できる。

9月に開業したJR松山駅の新駅舎に設置された自動改札機は、ICカード乗車券は使えないがQRコードの切符に対応する

QRコードの読み取り機は汎用品ということもあり、導入コストが比較的安く済むメリットがある。例えば熊本県内の熊本電気鉄道やバス会社合計5社に導入したときのコストは7億円と、ICカード切符に対応した機器を更新するために必要な12億円を大きく下回ったという。

福岡市営地下鉄七隈線の櫛田神社前駅に設置されている自動改札機。全国交通系ICカードの切符に対応しているほか、タッチ決済機能付きのクレジットカードでも利用できる(2023年4月26日に筆者撮影)

首都圏の鉄道会社でもQRコードによる利用は注目を集めている。JR東日本をはじめ、東武鉄道や西武鉄道、京成電鉄、京浜急行電鉄、新京成電鉄、北総鉄道、東京モノレールの8社は共同で2026年度(令和8年度)以降、いまも用いられている磁気タイプの紙の切符をQRコードの切符に置き換えていくという。

「顔パス」で乗車も

スマートフォンにQRコードを表示するチケットレス乗車とて、時代の最先端を行く切符ではない。

手に何も持たずに自動改札機を通過できる顔認証による鉄道の利用がすでに実用化されたからだ。千葉県佐倉市の新交通システム、山万ユーカリが丘線では2024年6月15日から「ユーカリPASS」と呼ばれる顔認証乗車システムが導入された。大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)では2025年(令和7年)の大阪・関西万博の開催に合わせ、同年3月までに顔認証に対応した自動改札機の導入を順次進めるという。

事前に顔や決済手段を登録しておけば、顔認証に対応した自動改札機を通るだけで利用できる。毎日のように利用する鉄道に向いたシステムと考えられ、買い物やその他のサービスの分野で実用化が始まっている顔認証サービスといずれ連携するであろう。いわゆる「顔パス」で何でもできる日がやって来そうだ。

梅原淳(うめはら・じゅん)
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

【過去の「鉄道の達人」】

  • ・進化する鉄道の地震対策 脱線事故を防ぐには
  • ・海辺の鉄道めぐる様々な苦労 潮風・砂・波との戦い
  • ・ドクターイエロー引退へ 人気の検測車両は技術の塊
  • ・時代と共に変わりゆく駅 窓口削減、障壁となるのは
  • ・新幹線ホームの大混雑、克服するには 重層化が一案
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