若年層の大腸がんが増えている今、専門家は、食物繊維を食事に多く取り入れることを勧めている。特に、緑豆、ひよこ豆、赤レンズ豆、インゲン豆、アーモンド、ヘーゼルナッツなどのナッツ類や豆類は食物繊維の宝庫だ。(PHOTOGRAPH BY TANJA IVANOVA, GETTY IMAGES)

近年、若い人たちの間で大腸がんにかかる割合が増えている。また、世界保健機関(WHO)によれば世界で3番目に多いがんとなっている。一方、米疾病対策センター(CDC)のデータでは、ほとんどの米国人は1日に必要な食物繊維の約半分しか摂取しておらず、日本の厚生労働省によれば、日本人の摂取量も減少傾向にある。科学者たちは、大腸がんの増加と食物繊維の不足の間には関連があると考えている。

「食物繊維の多い食事が大腸がんのリスクを下げることを示唆する強力な証拠があります」と、米国がん研究協会(AICR)の栄養アドバイザーで登録栄養士のカレン・コリンズ氏は言う。

食物繊維が健康にもたらす恩恵はそれだけではない。「食物繊維は消化器系の健康を支え、悪玉(LDL)コレステロール値を下げて心臓の健康を改善し、血糖値の調節を助けて糖尿病のリスクを減らし、満腹感を促して体重管理を助け、腸内細菌の餌にもなります」と、米ニューハンプシャー栄養・食事療法アカデミーの会長であるジェン・メッサー氏は言う。

以下では、食物繊維がなぜ強力な栄養素であると言えるのか、どうやって私たちの体を健康に保っているのか、そして、私たちはどれだけ摂取する必要があるのかを紹介しよう。

食物繊維の働き

食物繊維には、水に溶ける「水溶性」と溶けない「不溶性」の2種類があり、それぞれ働きや効能が異なっている。

水溶性食物繊維は、バナナ、リンゴ、柑橘類、エンドウ豆、ニンジン、黒インゲン豆(ブラックビーン)、ライ豆、芽キャベツ、大麦、オート麦、アボカドなどに含まれている。不溶性食物繊維は、全粒粉、ナッツ類、シード類、小麦ふすま、サヤインゲン、カリフラワー、ジャガイモなどに含まれる。

「水溶性食物繊維は、腸内を移動して老廃物をより効率的に排出する、柔らかいブラシのような働きをします」と、米スタンフォード・ヘルスケアの臨床栄養士であるアビー・マクレラン氏は言う。そのとき、コレステロールから合成された胆汁酸と結合して体外に排出することで、悪玉コレステロールを減らす。また、食物繊維は便を柔らかく大きくして腹部膨満感や便秘を軽くする。

不溶性食物繊維は、水分を吸収してゲル状になり、消化を遅らせることで満腹感を生じさせる。これにより空腹感が抑えられ、体重を維持しやすくなる。また、インスリン感受性も高めるので、血糖値を改善し、糖尿病や糖尿病予備軍で問題となる血糖値の急上昇(血糖値スパイク)も防げる。

どちらのタイプの食物繊維も、心血管系の健康を改善し、心臓病や関節炎などの炎症と関連する症状を軽くすることが示されている。また、ホルモンの産生や免疫力の向上など、幅広く重要な働きをする腸内の善玉菌の主要な餌となる。

なぜ大腸がんのリスクが下がるのか

食物繊維を十分に取ることのもう1つの利点は、大腸がんのリスクを減らせることだ。2003年に医学誌「The Lancet」に発表された、ヨーロッパで行われた大規模な研究は、食物繊維の摂取量が多い人は大腸がんのリスクが明らかに低いことを示していた。最近の研究のメタアナリシス(複数の研究のデータを集めて分析する手法)でも、一貫して同じ結果が出ている。

食物繊維の摂取が大腸がんのリスクを減らすのはなぜだろう?

一つには、食物繊維は腸内の善玉菌の餌になるからだ。善玉菌が食物繊維を分解してできる代謝産物は、炎症を抑えて細胞ががん化するのを防いでいると、米メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで食事と代謝とがんの関係を研究している腫瘍内科医のニール・アイエンガー氏は説明する。「これらの代謝産物は免疫系を活性化し、がんに対する免疫を高めることもできます」

さらに、これらの代謝産物は、大腸の粘液層の産生を刺激して細胞間の結合を強化し、腸管内の有害物質が体内に漏れ出るのを防ぐ。アイエンガー氏は、「腸管壁浸漏(ちょうかんへきしんろう、リーキーガット)は、がんを引き起こす全身の炎症リスクを高めます」と説明する。「ですから、食物繊維を摂取して細胞間の結合を緊密に保つことには、がんを予防する効果があると考えられます」

メッサー氏によると、代謝産物の1つである短鎖脂肪酸は、大腸の内壁に栄養を与え、細胞を損傷から守るのにも役立っているという。

「食物繊維は便が大腸を通過するのを速め、大腸の細胞に老廃物が触れる時間を短くすることによっても、大腸がんのリスクを減らすことが研究で示されています」と、米ワイル・コーネル医療センターの栄養学者で消化器病専門医であるキャロリン・ニューベリー氏は言う。便には赤肉や超加工食品に含まれる発がん性物質が含まれていることがあるので、これは重要だ。

食物繊維が体重の管理に役立つことも大腸がんのリスクの低下に役立っている。「肥満や急激な体重増加は、大腸がんのリスクの増大と強く関連しているのです」とコリンズ氏は言う。

がん患者にとっても、腸内細菌叢(そう)に良い影響を及ぼす食物繊維は治療を助ける可能性がある。メッサー氏によると、食物繊維の摂取が化学療法や免疫療法の効果を高め、副作用を軽減することが、研究によって示されているという。

健康維持に必要な食物繊維の摂取量は?

私たちが必要とする食物繊維の量には個人差があるが、米農務省は、消費カロリー1000キロカロリーあたり14グラムの食物繊維を取るよう勧めている。つまり、一般的な1日に2000キロカロリーの食事であれば、28グラムを摂取する必要がある。

厚労省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」は、18〜64歳で男性21グラム以上、女性18グラム以上としている。米国がん研究協会は、がんのリスクを下げるには少なくとも1日あたり30グラムの食物繊維を摂取するよう推奨している。

ニューベリー氏によると、米国人の10人中9人は、1日に必要な摂取量を満たしていないという。また厚労省によれば、日本人の平均摂取量は1日あたり14グラム前後だと推定されている。

しかし、がんを予防するために食物繊維をどの食品から取るべきかは、まだ明らかになっていないと、米ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院の疫学・栄養学教授であるエリック・リム氏は指摘する。

ニューベリー氏も、「がんのリスクを下げるなどの健康上のメリットが最大となる摂取量や、食物繊維の種類と構成については、まだ結論は出ていません」と言う。アイエンガー氏も、食物繊維の摂取によってがんのリスクが下がる効果を説明するには、遺伝やライフスタイル(食事や運動パターンなど)といった要素について、より徹底的な研究が必要だと考えている。

食物繊維をサプリメントから取る場合と食品から取る場合で、がんのリスクを同じくらい下げる効果があるかどうかもわかっていない。リム氏は、「最大の効果が期待できるのは食品から取る場合でしょう」と言う。なぜなら、食物繊維を豊富に含む食品には、ビタミンやミネラルや抗酸化物質などの健康に良い成分も含まれているからだ。

食物繊維の摂取量を増やすためのヒント

食物繊維の恩恵を受けるためには、ほとんどの人は毎日摂取する食物繊維の量を増やす必要がある。

まずは、ふだん食べているものを、食物繊維を多く含むタイプのものに替えてみよう。例えば、精製された小麦粉を使ったパスタやパンの代わりに全粒粉を使ったものを選んだり、白米の代わりに玄米を食べたりするのだ。

新たに加えるべき食品については、「栄養士が昔から言う『虹を食べよう』が有効です」とマクレラン氏。「虹を食べよう」とは、果物、野菜、全粒穀物、ナッツ類、シード類など、色とりどりの食品を取ろうという意味だ。アイエンガー氏は、なかでも豆類は食物繊維の宝庫だと言う。

食物繊維の摂取量を増やす際には、水を多めに飲むことと、摂取量をいきなり増やすのではなく徐々に増やしていくことが重要だ。さもないと、不快な胃腸の症状に悩まされることになる。ニューベリー氏は、毎回の食事に食物繊維を含む食品を少しずつ加えていくか、一握りのナッツ類かリンゴ1個を1日かけて食べることを勧める。

「私たちの多くは、意識的に努力しないと、1日に必要な食物繊維の摂取量を達成することができません。けれども、目安の量に足りなかったら効果はゼロということではありません」とコリンズ氏は言う。「摂取量が少しでも増えれば、その分だけ効果は出ます」

文=Daryl Austin/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年9月25日公開)

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