腰痛は体の不調につながる主要な原因のひとつであり、悩まされている人は世界で6億1900万人にのぼると推定されている。多くの場合、腰痛は周期的に現れる。回復したと思っても、実に70%近くの人は1年以内に再発するという。
7月13日付けで医学誌「The Lancet」に発表された論文は、ウオーキングという簡単で比較的コストのかからない方法で、周期的な腰痛を抑えられることを報告した。被験者のうち、定期的なウオーキングを始めた人は、1年以内およびそれ以降に腰痛が再発する確率が低かった。また、腰痛が再発した人でも、定期的にウオーキングをしていた人は、再発までの平均間隔が長かった。
この新たな研究は、個人に合わせたウオーキング・プログラムによって、最近腰痛から回復した人の再発を防げるかどうかを世界で初めて追跡調査したものだ。
「腰痛に関する研究のほとんどは、予防ではなく、治療に注目していました」。オーストラリア、マッコーリー大学の研究者で、論文の著者の一人であるマーク・ハンコック氏はそう説明する。
「ほとんどの人にとって、腰痛は波のある長期的な症状なのです。この点を認識し、腰痛の予防に注目して、患者が自分の腰痛に対処できるようになることが実に重要だと考えました」
なぜ腰痛の予防にいいのか
体を動かすことが腰痛に効果的であるのは昔から知られていたと、米ヒューストン・メソジスト病院の整形外科医コムロン・サイフィ氏は説明する。さらに、治療法として有酸素運動が有効だという確かな証拠もある。そのため、多くの臨床ガイドラインでは、腰痛を和らげるのにウオーキングなどの軽い有酸素運動が勧められている。
治療法としては一般的であるにもかかわらず、ウオーキングの腰痛「予防」効果については、同じくらい研究されてきたとは言えない。それでも、ウオーキングがもつさまざまなメリットから、腰痛の予防法としても有望だろうと考えられていた。歩く動きは脊椎への血流を活発にし、運ばれる酸素や栄養を増やして、回復を促す。
「背骨は、ウオーキングをしたときに適度な刺激を受ける位置にあります」と、米ニューヨーク州ウエストチェスターで理学療法士およびピラティスのインストラクターをしているフェミ・ベティク氏は話す。この適度な刺激は、背骨にとってちょうどいい負荷になり、腰の筋肉や関節に多くのメリットをもたらす。
今回の研究を行ったハンコック氏は「ウオーキングを詳しく調べると、かなり軽い負荷が背骨に繰り返しかかることがわかります。これが組織にとって非常によい刺激になることは、すでにわかっています。私たちの体の組織はどれも、負荷に反応し、負荷によって強化され、健康になるからです」と話す。
腰に注目すれば、背骨を支える筋肉、脊柱をつくる椎骨や椎間円板(椎間板)にも同じことが言える。ウオーキングによる軽い衝撃で、これらの組織への血流が活発になり、軟骨や背骨も丈夫になる。
これまでの研究から、定期的にランニングをしている人は、そうでない人よりも椎間円板が強く健康であることがわかっている。そして、ウオーキングにも同じ効果があると考えられている。
ウオーキングなどの軽い有酸素運動は、運動できる自信がない人が運動を始めるきっかけにもなる。
「腰痛に悩む人は、特定の動作をすることを恐れ、同じ姿勢を好むようになります」と、米セントルイス・ワシントン大学の理学療法士クリス・ゴードン氏は言う。しかし、動かないと状況は悪化する。そのときはよいことのように思えても、長い目で見れば、体が硬直し、症状を長引かせることになるからだ。
理学療法士としてのハンコック氏の経験によれば、腰痛の再発に悩む人の多くは、痛みがないときですら、動くことに恐怖を感じているという。
「常に『いつ再発するか?』という気持ちがあり、かなりの間腰痛が起きていないのに、腰をかばう生活を続けている人が多いのです」と氏は指摘する。すると筋肉が硬くなり、腰痛が再発しやすくなる。
個人に合わせたウオーキング
ハンコック氏らは、ウオーキングと腰痛予防について具体的なデータを集めることにした。調査の対象として、骨折や感染症、がんなどが原因ではない腰痛を平均4〜5日経験し、最近回復した人を701人集めた。定期的な運動を行っていないことも参加の条件にした。被験者の平均年齢は54歳、平均的な人(中央値)で過去に33回の腰痛を経験していた。
研究チームは、典型的な腰痛患者に注目した。ハンコック氏は、「ほとんどの腰痛患者が、再発や症状の波を経験しています」と言う。これまでの研究でも、腰痛の症状は平均5〜6日続く傾向があることがわかっている。
被験者は、2つのグループに分けられた。ひとつのグループは、理学療法士による6回の個別指導を受けた。理学療法士はコーチとなって、被験者が半年後までに、1日30分以上、週5日のウオーキングができるようになることを目標とした。もうひとつのグループに対しては、何の指導も行わなかった。
個別指導を行ったグループでは、身体的な制約や生活環境に合わせて、理学療法士がウオーキング・プログラムを調整した。また、腰痛が再発したときの対処方法についての助言も与えられた。
個別指導を受けた人は、職場まで歩く、毎日決まった時間に散歩するなど、生活に合わせたウオーキングの方法を見つけた。また、体の状況に合わせて、無理のないペースでウオーキングを続けることもできた。
最初のうちは対面で行っていたが、新型コロナウイルスの流行を受けてリモートでの指導に切り替えた。そのため、通常は医師の診察を受けることすらままならないような、オーストラリアの僻地に住む被験者も対象にすることが可能になった。
この方針は、理学療法士の臨床現場でのトレンドとも一致する。「一番重要なことは、患者が暮らす場所で患者に会うことです」と、米ロチェスター大学医療センターの理学療法士ジェイク・ケラー氏は言う。
両方のグループの被験者から、再発の有無と、再発した時期についての報告を集めた。状況の追跡は1〜3年間続けられた。
ウオーキングについて助言を受けたグループは、そうではないグループと比べて、日常の活動に支障が出る腰痛が再発する確率が28%少なかった。また、そうした腰痛が再発したすべての被験者の中で、ウオーキングを行ったグループの再発までの間隔は平均208日、そうでないグループは112日だった。
この結果は、回復にとって運動がいかに重要であるかを表すものだ。ハンコック氏は、次のようにまとめている。
「私たちの体はしっかりと回復するようにできていますが、それには、回復にふさわしい環境が必要です。そして、回復にふさわしい環境とは、運動です。運動すれば、気分もよくなります」
文=Rachel Fairbank/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年9月29日公開)
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