埼玉県熊谷市東部、佐谷田地区の古刹(こさつ)の墓地に一体の地蔵像がまつられている。熊谷空襲から4日後、不発弾の爆発事故で亡くなった男児の死を悼み、遺族の手で建立された。終戦を翌日に控えた1945年8月14日深夜から翌未明にかけての最後の無差別爆撃。死者数は266人とされるが、この男児は含まれていない。あの日から79年。顧みられなかった267人目の“無念の死”を報告したい。
佐谷田地区の長福寺。「沼上家之墓」と刻まれた墓の脇に、高さ50センチほどの地蔵像が置かれている。この地蔵を知る者は、亡くなった男児の名にちなみ「久雄地蔵」と呼ぶ。
合掌し柔和な表情を浮かべているのは他の地蔵と同じだが、顔立ちはどこか写実的な雰囲気も漂う。久雄地蔵の存在を教えてくれた地元の農業、梅沢茂さん(88)は言った。「実際はやせていたけど、表情はそっくりなんだ。私が知っている久雄君に……」
10歳で亡くなった沼上久雄さんとは、佐谷田国民学校(現・佐谷田小学校)時代の同級生だった。当時は4年生。クラスは違ったが、顔見知りであいさつする仲だった。
終戦前夜の熊谷に襲来した約90機のB29は、市街地の3分の2を焼き払った。星川地区など中心部に大きな被害が生じた中、熊谷駅から3キロほど東に位置し、当時は畑が広がっていた佐谷田地区も狙われた。
「覚えているよ。寝ていたら突然、新聞の見出しが読めるほど明るくなった。照明弾を落としたんだ。しばらくして焼夷(しょうい)弾がパラパラと落ちてきた。ここの集落は76世帯。いくつか家が焼け、12人が亡くなった。翌朝、裏の竹やぶに4畳半ほどの穴ができていた。60キロ爆弾が直撃した跡だと聞いた。桑畑には43本の焼夷弾の筒が地面に突き刺さっていた。間一髪だった」
焼夷弾は長さ約50センチ、直径約8センチの筒状で、着弾と同時に火が付いたゼリー状の油(ナパーム剤)が周囲に飛び散り炎上させる仕組み。隣の集落に住んでいた沼上家も全焼した。「全員無事と聞いていただけに、まさか久雄君があんなことになるとは……」と言葉を詰まらせた。
甥が語る、事故の経緯
市内でガソリンスタンドを経営する沼上友彦さん(72)を訪ねた。久雄さんの長兄昭一さん(89年に62歳で死去)の長男で、久雄さんからみて甥に当たる。事故の経緯はこうだ。久雄さんは8月17日、自宅の焼け跡で焼夷弾を見つけ、いじっているうちに爆発。腹部がひどく傷つき、2日後の19日に亡くなった。混乱の中、満足な治療は受けられなかった。不発弾だったとは知るよしもなかったろう。
地蔵像を建立したのは、昭一さんだ。敗戦から24年後の69年8月19日のことだった。友彦さんは思い起こすように話し始めた。「6人きょうだいの一番上が昭一で、久雄さんは3番目。昭一は若くして父親を亡くし、家長としての責任感が強かった。戦争は終わったのに、兵器で命を落とした弟の無念を思い続けていたのだろう」
当初、地蔵像は、自宅焼け跡に建てられたガソリンスタンドの一角に置かれた。事故の現場である。当時は由来を記した碑もあり、<最後の言葉は油断するなと>という一文が刻まれていた。「久雄さんの言葉だったろうし、家業がガソリンスタンドなので、社会のインフラを支える責任感として、供給を怠るなという戒めもあったのではないか」
こんな話もしてくれた。「店に勤めていた、久雄さんのすぐ下の弟、浩さんが心を尽くして供養していた。暑ければ日傘を立てかけたり、冬はちゃんちゃんこを着せたり。忘れない、という思いが伝わってきた」。実は事故当時、浩さんもそばにいて足を負傷した。目の前での惨劇。心中を察するに余りある。昭一さん、追うようにして浩さんが他界し、しばらくして焼け跡に建てられた店を閉じることになり、地蔵像は長福寺に移った。
「どう考えても戦争犠牲者」なのに…
「熊谷市史」(84年)によると、空襲の死者は266人。星川にある「戦災者慰霊之女神」像の裏には、「戦災死没者」として全員の名前が刻まれているが、久雄さんのそれはない。「空襲で亡くなったわけではないからか……。でも、どう考えても戦争犠牲者でしょう。日常生活に焼夷弾なんかないんだから」。友彦さんの語気が強まる。「降伏が分かってからの空襲だよ。やる必要があったのか。おかしいよ」。日本はポツダム宣言受諾の方針を8月10日に連合国側に伝えており、14日午後11時、最終的な受諾を打電した。熊谷空襲はその30分後に始まった。
熊谷市立熊谷図書館の学芸員(副館長)、大井教寛さん(50)は「266人が市の公式集計ですが、その定義づけは分かっていません。負傷が元でその後に亡くなった方や、不発弾の事故で亡くなった方を含めると、実際の空襲犠牲者数はそれを超えることは想定されます」と話した。【隈元浩彦】
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