塩田に海水をまく浜士(揚げ浜式塩田の作業責任者)の水上憲雅さん、後ろの岩場は2024年元日の地震で隆起した部分=石川県珠洲市で同年5月22日午後0時7分、阿部弘賢撮影
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 揚げ浜式塩田。そんな製塩法が、能登半島の最北端に位置する石川県珠洲(すず)市の海岸では、約1300年前から続いているとされている。

 砂を広げた区画(塩田)に海水をまき、乾燥させる。その砂を集めてさらに海水を入れて、塩分濃度を上げた「かん水」をつくる。それを釜で煮詰める伝統的な製法だ。

 中巳出理(なかみで・りい)さん(77)が社長を務める会社の塩田では5月下旬、「おちょけ」と呼ばれる手桶(おけ)で海水をまく作業が始まった。例年より約1カ月遅れの塩づくりだ。

 中巳出さんは今春に社長を退く予定だったが、今季にかけるため1年間延期することにしたという。何が彼女を駆り立てるのか。

60歳を過ぎて起業

能登の揚げ浜式塩田に魅せられ、自身も製塩事業を始めた中巳出理さん=石川県珠洲市で2024年5月4日午後3時8分、阿部弘賢撮影
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 県南部の加賀市出身の中巳出さんは、現代アート作家だった。その後、海外向けの着物の通信販売業を経て、60歳を過ぎて起業した。地域の活性化につなげようと、地元の食材や伝統技術を使った商品を開発して販売する会社だ。

 いくつもヒット商品を生み出した。その一つが、揚げ浜式塩田の塩を使った塩サイダーだ。

 日本の原風景が残る奥能登で、揚げ浜式塩田という手間ひまをかけた塩づくりが守られてきたことに感動したのが、開発のきっかけだった。

 ただ、その塩づくりは従事者の高齢化が進み、事業の継承に問題を抱えていた。「能登の風景をつくってきた揚げ浜式塩田を途絶えさせてはいけない」。そんな思いが募り、自ら製塩事業に乗り出すことにした。

伝統の塩づくりへの思い伝わり…

塩分濃度を上げた海水を釜で長時間たき上げ、塩を結晶化させる浜士(揚げ浜式塩田の作業責任者)の水上憲雅さん=石川県珠洲市で2024年5月22日午前11時23分、阿部弘賢撮影
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 揚げ浜塩田は、経験や勘がものをいう。素人には大きな挑戦だった。この時に手を差し伸べてくれたのが、近くの塩田で味に定評のある塩をつくっていた中前賢一さんだった。

 「伝統の揚げ浜式でおいしい塩をつくりたい」。中巳出さんが何度も熱い思いを訴えると、自身の会社の社員を1年間、中前さんの塩田で預かってくれた。

中巳出理さんの塩田づくりを支援してくれた中前賢一さん。2024年元日の地震で亡くなった=石川県珠洲市で2013年(アンテ提供)
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 塩田や製塩施設は新設することにした。その時、図面を引いてくれたのも中前さんだった。「中前さんがいなかったら塩田はできなかった」。2016年に塩田が完成し、翌17年に製塩事業を始めた。品質などが評価され、海外からの引き合いも増えていった。

伝統的の維持にこだわり

 ところが、今年の元日に珠洲市は震度6強の激しい揺れの地震に襲われた。中前さんは倒壊した自宅の下敷きになり、77年の生涯を閉じた。

今年元日の地震で地割れができた塩田=石川県珠洲市で2024年4月(アンテ提供)
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 中巳出さんの塩田には何本もの地割れが生じ、海水を送る配管などの設備が壊れた。間近にあった海岸線は海底の隆起により、約100メートルも沖へ後退した。

 施設や設備の復旧に加え、海水をどうくみ上げるかが大きな課題になった。

塩田から約100メートル離れた波打ち際にホースを入れ、海水をくみ上げる製塩会社の社員ら=石川県珠洲市で2024年5月4日午後2時36分、阿部弘賢撮影
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 それでも、中巳出さんは「何が何でも再開させる」と自らを鼓舞し、復旧に奔走。地割れした塩田は地盤からつくり直した。離れた所からの海水のくみ上げは、試行錯誤の結果、強力なポンプと延ばしたホースを使うことでできるようになった。

 伝統的な製塩の再開にこだわったのは、世界農業遺産に認定された能登の自然や景観を守りたいという思いからだ。毎年、大学生らと海岸を清掃し、釜をたく燃料は近くの里山から出た間伐材を使ってきた。

 「伝統とは形式を守ることではなく、豊かな里山と里海を守ることなんです」

 製塩の再開に、浜士(はまじ)(揚げ浜式塩田の作業責任者)を務める水上憲雅(みずかみのりまさ)さん(45)は「ようやく普段通りの作業ができるようになった」と喜んだ。

中巳出理さんの塩田でできた天然塩=石川県珠洲市で2024年5月22日午後2時45分、阿部弘賢撮影
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 かん水をたいた今季最初の塩は近く、でき上がる予定だ。中巳出さんは、例年のような量を生産することは難しいが、復活に向けた大きな一歩になると信じている。

 「能登の塩の付加価値を上げたい。そのためだったら何でもやりますよ」【阿部弘賢】

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