7月下旬、富士山登頂を喜ぶ登山者の傍らで、ヘルメットや安全帯を身につけた人たちが建物の屋根によじ登っていた。観測機器を設置する研究者たちだ。山頂の剣ケ峰(標高3776メートル)に建つ気象庁の旧富士山測候所(現在の正式名称は「富士山特別地域気象観測所」)が、今年10月で無人化から20年を迎える。かつて気象レーダーが設置され「台風の砦(とりで)」とも称された測候所は、今は高所ならではの観測を行う拠点として活用されている。
建物外で大気の採取口を設置していた東京都立大の加藤俊吾准教授(53)は「富士山は標高の高い独立峰。地上の影響を受けない上空(自由対流圏)の大気を直接調べられる大変貴重な場所だ」と話す。山頂では大気汚染物質の一酸化炭素や火山性ガス(二酸化硫黄)などを観測。桜島など遠方の火山噴火の影響も富士山では捉えられるという。
山頂で通年の有人気象観測が始まったのは1932年。冬には気温が氷点下30度以下になり、最大瞬間風速は国内観測史上1位の秒速91メートルを記録。日本一厳しい自然環境だ。気象レーダーが台風観測に威力を発揮したが、99年に運用を終え、2004年には気象庁職員の有人観測も終了した。現在は地域気象観測システム(アメダス)の観測点となっている。
そんな環境に大気化学などの研究者が注目した。無人化前から測候所で観測を行っていた、江戸川大の土器屋由紀子名誉教授(85)らが中心となり、NPO法人「富士山測候所を活用する会」を設立。気象庁から建物の一部を借用し、07年から夏季を中心に大気化学や雷、宇宙線、永久凍土、高所医学など分野の異なる研究者が共同で利用している。
加藤准教授によると、最近は中国などからの大気汚染物質が減少傾向だが、それによって太陽光を遮る物質が減り、逆に地球温暖化が加速することが知られるようになった。
「富士山のような高所で大気の微量成分の変化を継続してモニタリングすることが、世界規模の環境変化を知ることにつながる」と話す。観測では早稲田大の大河内博教授の研究グループが、初めて雲の中からマイクロプラスチックを発見するなど、成果も上がっている。
一方、富士山では、登山者の急増や無謀な登山が問題化し、7月には悪天候下で亡くなる登山者が相次いだ。そんな中、地盤・環境調査などを手がける青山シビルエンジニヤリング(東京都港区)が今年から「イマフジ。」というウェブサイトを本格的に立ち上げた。測候所や登山道など11カ所の気象データや山頂の天気カメラ画像を、一般向けに提供している。担当する気象予報士の小柳津(おやいづ)由依さん(43)は「登山口ごとに気象状況が違い、風があり得ないほど強い時もある。登山者は装備や心の準備にぜひ利用を」と話す。
「今年度で測候所を利用した研究者が延べ7000人を超える見込み。こんなに長く続けられるとは夢にも思わなかった」と土器屋さんは語る。「富士山には若い研究者が集う魅力がある。費用面など活動の維持は大変だが、使い続けたい」【手塚耕一郎】
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