武甲山にある国指定天然記念物の石灰岩地特殊植物群落について、埼玉県横瀬町が指定地の現地調査を40年以上実施していない問題で、町はその理由を「立ち入ることが環境負荷を与えるから」と説明している。一方、群落の代表的植物のチチブイワザクラを守るには「(指定地内の)環境整備が必要」と植物学者が提言していたことも明らかになっている。町はなぜ、指定地への立ち入りや環境整備に乗り出さなかったのか。国への情報公開請求から、その経緯と群落保護に対する町の考え方の一端が見えてきた。【照山哲史】
ヒントは、毎日新聞に対して文化庁が開示した1987年3月6日付の「国指定天然記念物指定一部解除申請書」にあった。群落が天然記念物指定されたのは51年。石灰岩採掘などによる環境変化でチチブイワザクラが枯渇したため、83年に別の場所が追加指定(現指定地)され、88年に元の指定地(旧指定地)は解除された。文書は旧指定地解除のため、前年に当時の町長が文化庁長官宛てに提出したものだった。
申請書の「天然記念物の今後の保存対策」の項には、指定地の環境保全と植物の増殖を図るため、約3万2000平方メートルの指定地の周囲に「環境保存区域(4万4100平方メートル)」を設定すると記載があった。指定地が影響を受けるような開発行為を制限し、その区域内に設けた「増殖実験マス」でチチブイワザクラなどの保護増殖を行うとしている。
他にも、「見本園」(翌88年に設置された武甲山特殊植物園)を造成し植物展示と増殖を行うことや、「保護増殖委員会」(同年設置の「武甲山特殊植物保護増殖委員会」)を設けることなども記されていた。
添付された地図によると、植物園によるチチブイワザクラなどの植栽が「環境保存区域」で行われてきたことが分かる。植物園を管理する町教育委員会の元職員は「保存区域内を整備しようと20年ほど前には伐採作業も行った」と話しており、環境保存区域を整備し活用することで、指定地の保全を図ってきたことがうかがえる。
では、申請書に設置が盛り込まれた「武甲山特殊植物保護増殖委員会」と、天然記念物を含む文化財を取り扱う「町文化財保護審議委員」という二つの有識者組織では、どのような議論が交わされてきたのか。両組織とも町教委の諮問に基づき議論することが原則の機関で、取材に応じたメンバーらは「これまで指定地のことが話題に上ることはなかった」と口をそろえる。
保護増殖委員会の委員は「植物園での増殖・植栽を管理するのが我々の役目。文化財である指定地についてはこちらの対象ではないと思う」。町文化財保護審議委員の元メンバーは「町指定の文化財に関する審議が中心になる。県や国について議題に上ることはめったにない」と話した。
町教委は「指定地に入らないのは、環境負荷を避けるため。チチブイワザクラをはじめ固有の植物については、植物園で保護・増殖を図り、自生を目指し環境保存区域に植栽するなど種の保存のための努力を続けている。周囲で保全を図っているので、指定地内は十分環境が保全されていると考えている。それでも現地調査が必要かどうかは文化庁など関係機関とも協議していきたい」との立場だ。
一方で、85年に町教委が編集発行した「天然記念物『武甲山石灰岩地特殊植物群落』追加指定地域の地質と植生」では、県文化財保護審議会委員だった植物学者が、指定地での伐採などを含む環境整備の必要性を指摘していたことが分かっている。
県文化財・博物館課は「『保全』については、手をつけずに守るという考えから、一部の植物を守るために手を加えるという考えもある。『環境保存区域』を設けて指定地の環境を守ることを重視した町の判断も保全の考え方の一つだと思う。一つ一つのケースについてどう保全を図るのか有識者や文化庁なども交えて考えていくことが必要だ」としている。【照山哲史】
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