宮城県石巻市で7月、田村弘美さん(62)は全国から集まった親子を前に、絵本の読み聞かせに初めて臨んだ。
読んだ本は3月に完成した「ふしぎな光のしずく~けんたとの約束~」(金港堂出版部)。2011年の東日本大震災で犠牲になった長男健太さん(当時25歳)にまつわる物語だ。
健太さんは同県女川(おながわ)町の七十七(しちじゅうしち)銀行女川支店に勤務。同支店では震災の津波で健太さんを含む行員4人が死亡、8人は今も行方不明のままだ。
同支店は高さ約20メートルの津波に襲われたが、目の前には高台・堀切山があり、他の金融機関の職員を含め、多くの町民が避難して助かっている。
なぜ、多くの行員が犠牲になったのか。それは、銀行が支店の2階屋上に避難させたためだ。「同じ悲しみを繰り返してはいけない」。弘美さんは夫の孝行さん(64)と12年から同町で語り部活動を始め、現在も県内外で高台避難の重要性を訴えている。
絵本は健太さんの誕生から始まり、震災当日の様子や夫妻の現在が描かれている。制作には、語り部活動で交流が生まれた木村真紀さんら首都圏のミュージシャンが協力した。
元々、田村さん夫妻は紙芝居の制作を考えていたが、木村さんらは夫妻の活動を広めるため、「絵本にしてはどうか」と提案。絵を担当した渡辺麻美さんらは夫妻と浜をいくつも巡り、納得するまで何度も描き直した。完成まで5年を要し、「2人に寄り添うことを第一に考えた」という。
絵本は1000冊作り、約400冊は全国の小中学校などに寄贈。岡山県では推奨優良図書にも選定された。弘美さんは「絵本を見ると、こみ上げるものがある」と語る。それでも、伝えていく理由を「体験した私たちにしかできないことだから」と答えた。
石巻市の伝承交流施設「MEET門脇」では、参加者が真剣な表情で話に耳を傾けていた。最後のページを見つめる弘美さんの目には光るものがあった。「一度始めたことは続けること。あきらめないこと。健太との約束」。ゆっくりと読み上げ、絵本を閉じた。【佐々木順一】
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