夕暮れの道を、小さな女の子が一人で歩いていた。交通量が多い幹線道路。歩道にガードレールはなく、危なく見える。「迷子かな? いや、ただの散歩だろうか。声を掛けたら不審者だと思われるかな」。福島県南相馬市で暮らす記者の私(35)は先日、そんな場面に出くわした。焦り、戸惑い、安堵(あんど)した、体験の一部始終を報告する。
「自分は不審者?」
3月31日の日曜日。午後5時ごろ、私は乗用車の助手席に長男(7)を乗せ、帰宅するため南相馬市の国道6号を走っていた。福島県の太平洋沿岸部の浜通り地方を縦断する、地域交通の大動脈だ。農地に囲まれた人家の少ない地域で、道路右側の歩道を私と逆方向に歩く女の子が見えた。
「ねえ、子どもが歩いてなかった?」。長男に尋ねると、「うん、いた。大丈夫かな」と心配そうな声が返ってきた。
「小学生が通学路を歩いているだけか」とも思ったが、行き交う車の多さに不安が募った。Uターンしてしばらく走ると、ピンクの服にポシェットをかけた子が遠くに見えた。交通量が多いため減速できず、追い越して安全な道路脇に車を止めた。
近づいてくる女の子の足取りは軽い。「もしかして迷子ではないのかな」。そして「声を掛けて不審者だと驚かれ、車道に飛び出したら逆に危ないのでは」と不安になった。
「いかのおすし」という子ども向けの防犯標語がある。「(ついて)行かない、(車に)乗らない、大きな声を出す、すぐ逃げる、知らせる」という行動を意味している。実際、子どもが連れ去られて犯罪に巻き込まれるケースは後を絶たない。女の子の立場で考えると、逃げてもおかしくない状況だ。
運転席の窓を開け、恐る恐る「こんにちは。一人で大丈夫?」と声を掛けてみた。女の子はちょっと驚き、無言でコクンとうなずくだけ。小走りでさらに歩道を行ってしまった。
「どうしよう。降りて追いかけるべきか。それとも、もう帰ろうか」。どんどん小さくなっていく後ろ姿を見ながら悩んだが、決心した。「やっぱりまずい。警察を呼ぼう」
決心して110番
再び女の子を追い越し、空き地に車を止めて110番通報した。「小学1、2年生ぐらいの女の子が一人で歩いています」。場所や状況を伝えると、「近くにいるなら保護してもらえませんか」と係官に頼まれた。ちょうど、女の子が再び近くにやってきた。最初に見つけた場所から、もう1・2キロほど歩いている。
意を決して車から降り、中腰になって目線を合わせ、努めて明るく声を掛けた。「こんにちは。今からどこ行くの?」。女の子はキョトンとしつつ、「あっちに行くの」と返事をしてくれた。良かった。会話のキャッチボールができそうだ。一緒に降りた長男に興味を持ってくれたようだ。
「この子は7歳だよ。君は何歳?」と尋ねると、「5歳」と返ってきた。想像より幼く驚いた。女の子は交差点を曲がって歩いていこうとしていたが、長男と一緒に「遊ぼう」と声を掛けると立ち止まり、同様に心配して通りかかった別の親子も加わってくれた。
私の車の中で、女の子が持っていたおもちゃを見せてもらったり、長男の絵本を読んであげたりしていると、パトカーが到着した。通報から15分足らずだったと思うが、緊張の糸が切れて大人の私が少し泣きそうになった。
パトカーに乗せられた女の子は県警南相馬署に向かう途中で自宅近くを通り、女の子を捜していた家族が見つかったという。一人で自宅から歩いて出かけてしまったらしく、無事に帰宅できたと警察から聞いて胸をなで下ろした。
子どもの動き、予期できず
私は妻を病気で亡くし、シングルファーザー歴5年。一瞬の隙(すき)に我が子が予期せぬ動きをして肝を冷やした経験もある。女の子を保護した日の夜は「事故に巻き込まれず本当に良かった」「最初にすぐ保護すべきだったかな」と、いろいろな考えが頭を巡った。
最初は女の子が小学生に見えたが、今思えば「未就学児が一人で歩いているわけがない」と無意識に思いたかったのだろう。110番という選択肢もなかなか思いつかなかった。日ごろから事件や事故の情報に触れる仕事なのに、いざ自分が非常事態に遭遇すると、冷静に動くのは簡単ではないと実感した。
私は4月18日、一緒に保護に協力した同市の千色智由希(ちいろ・ともゆき)さん(42)と共に、南相馬署から感謝状を受け取った。本望譲(ほんもう・じょう)署長は「交通事故や行方不明の可能性もあった。人間関係が希薄になっている中で対応していただき感謝します」と述べ、この日は学校に行っていた長男も「普段と違う状況でお父さんに協力し、知らない年下の子に優しく声をかけてくれた」とねぎらってもらった。
千色さんは、あの女の子と同じ保育園に通っていた次男を乗せて車を運転していたが、私と同様に「心配だったが、声を掛けるか悩んだ」といい、何度か周囲を往復して妻に携帯電話で相談していたという。本望署長は「心配な子を見かけたら声掛けが無理でも、遠慮なく110番して見守ってほしい」と話した。【尾崎修二】
注目される「瞬間ボランティア」
一人で歩いているなど心配な子どもを見かけた時、大人には何ができるのか。子どもの安全教育に取り組む企業「ステップ総合研究所」(東京都)の所長、清永奈穂さんは「犯罪や事故の危険は、日常の隙間(すきま)から生まれる。警察や防犯パトロールなどの専門家はいるが、隙間をとっさに埋められるのは通りがかりの人だ」と語る。
清永さんが長年提唱してきたのが「瞬間ボランティア」という考え方だ。特別なことではなく「その場で気付いた人が、必要なことを瞬間的に実行する」ことを指し、具体的には声掛けや見守り、公的機関への連絡といった行為だ。ボランティアと名付けることで、ためらう心に弾みをつけてもらう狙いがある。
説教じみたおせっかいや、お金が絡むこと、プライバシーに立ち入る行為は原則しないのがコツで、「言うなれば上品なおせっかい」。幼い子どもや障害者、高齢者に対しては、警戒心を解くため目線を同じ高さにし、片腕の長さ分の距離を空けて接するのが大切だという。
近年は地方の警察や行政でも用語を使う機会が増えており、東京都世田谷区は2021年、瞬間ボランティアを紹介するガイドブックを作った。
清永さんは「見て見ぬふりをせず、声を掛け合うことは、安全な社会をつくる小さな一歩になる。きっとコミュニティーづくりにもつながるはず」と呼びかけている。【尾崎修二】
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