生命の最初の兆候は、約35億年前までに出現した。科学者たちは、初期の生命は落雷によって形成されたか、深海の噴出孔で誕生したのではないかと考えている。(ILLUSTRATION BY GREGOIRE CIRADE, SCIENCE PHOTO LIBRARY)

約46億年前に地球ができてから数億年の間、地表はほぼ確実に高温で、彗星や小惑星の衝突も激しかったため、いかなる生命体も生息できない環境にあった。だが、約10億年後には、生命が誕生しただけでなく、微生物マット(微生物がマット状にかたまって増殖した状態)の化石という形で痕跡を残すまでになっていた。

その間に一体何が起こったのか? 5億年かそこらの間に、生命はどのようにして無生物から誕生したのだろうか。これまでに提唱された3つの主な理論を紹介しよう。

1. 大気から雷によって生まれた

生命が誕生した当時の大気は、現在とは大きく異なっていたと、米ハワード大学化学科の学科長で、『創造の大まかな歴史:科学と生命の起源の探求(A Brief History of Creation: Science and the Search for the Origin of Life)』の共著者であるジム・クリーブス氏は指摘する。

1950年代に、ノーベル賞を受賞した化学者ハロルド・ユーリーは、太陽系のほとんどの大気の主な成分は、窒素とメタンである点に注目した。ユーリーは、初期の地球も同様であり、生命によって酸素がより豊富な大気に変化したと推論した。また、ユーリーは初期の大気は「生命の前駆体となりうる有機化合物を非常に効率的に作り出せる」と提唱した。

ユーリーは自身の研究生であるスタンリー・ミラーに、この理論を検証する実験を行うよう指示した。後にユーリー・ミラーの実験として知られるようになるこの実験では、閉鎖された環境の中で水を加熱しつつ、水素、メタン、アンモニア、水蒸気が混じった気体に雷のように電気を流し、冷却して雨のように水に戻した。

結果は驚くべきものだった。

1週間もしないうちに、実験で再現された「海」は赤茶色に変わった。生命の構成要素であるアミノ酸を作ったからだ。

その後の研究により、地球の初期の大気組成はミラーが実験で作ったものとはやや異なり、主な成分は窒素と二酸化炭素で、水素やメタンは少ししかなかったことが分かった。

しかし、ミラーが提唱した化学反応の原理は今でも概ね正しい。雷が小惑星の衝突や太陽からの紫外線と合わさると、シアン化水素が生成され、それが地殻から水によって汲み上げられた鉄と反応し、糖などの物質を形成したのだ。これらの物質が結合してリボ核酸(RNA)の鎖ができたかもしれない(RNAを構成するリボースは糖の一種)。RNAは情報を保持する役割を持ち、生命の重要な構成要素だ。ある時点でRNAが自己複製を始め、生命が誕生したかもしれない。

これらのRNA分子は、どのようにして保護膜に囲まれた複雑な細胞構造に進化したのだろうか。

その鍵は「コアセルベート」かもしれない。コアセルベートとは、タンパク質と核酸を含む小さな液滴で、膜がなくても細胞と同じように中の物質を結び付けられる。複数の研究者が、コアセルベートは初期のRNAやその他の有機物を濃縮する原細胞として機能していたと仮説を立てている。

2. 宇宙から地球にもたらされた

アミノ酸は、炭素や水など生命の重要な構成要素の一部と同様に、宇宙から初期の地球にもたらされたという仮説もある。彗星や隕石には生命を構成する有機物の一部が含まれていることが分かっている。これらの天体が初期の地球に、生命の誕生につながるアミノ酸をもたらしたかもしれない。

米シカゴ大学で生命の起源を探る学際的な取り組みを率いるノーベル賞化学者のジャック・ショスタク氏によれば、小惑星や彗星の衝突は、生命の誕生にほぼ間違いなく不可欠だったという。

ショスタク氏は、窒素と二酸化炭素からなる初期の大気だけでは、水素、メタン、アンモニアを混合したときに起こったミラーの反応の一部が起こらなかっただろうと指摘する。しかし、中規模の衝突があれば、大気中に水素やメタンが生成され、化学反応を生み出すだけの条件を一時的につくり出せると、ショスタク氏は説明する。

「相反する2つのことを両立させられる仮説です」とショスタク氏は言う。

3. 海の中に隠れていた

3つ目の仮説は、生命は深海底の熱水噴出孔の周りで誕生したのではないかというものだ。しかし、ショスタク氏はこの仮説を否定する。

「最初の単純な物質から核酸やRNAに至るまでの化学反応を見ると、その反応を促進するためには、太陽からの紫外線を必要とする段階が複数あります」とショスタク氏は説明する。

「太陽からのエネルギーが、初期の地球においても最大のエネルギー源であったことは間違いありません。ですから、複数の化学反応段階で紫外線を必要とするのなら、深海では生命が誕生しなかったはずです」

しかし、生命が水の中で誕生したことはほぼ確実だ。

「化学反応が起こるには溶媒が必要です」とクリーブス氏は指摘する。「液体が必要なのです。液体の話を始めると、惑星の表面に安定して存在できるものはわずかです。そして、初期の太陽系ですら、水が偶然最も豊富にありました」

ショスタク氏は、むしろ生命は深海で誕生したのではなく、「地表、おそらく浅い池や温泉のような環境」、つまり隕石などの衝突地点や火山地帯の周辺によく見られる環境で誕生したと主張する(実際、広範囲の火山活動もまた、局地的な雷を大量に発生させて、生命の誕生に大きく貢献したかもしれない)。

現在、地球上のすべての生命には、おそらく大昔に消滅してしまった未知の微生物生命体という共通祖先がいる。しかし、生命そのものは、私たちすべての祖先であるRNAを基にした分子が確立されるまで、複数の異なる経路から何度も誕生を繰り返し、彗星の衝突で消滅したり、単に発展できずに終わったりしていたかもしれない。

「本当に運次第だったのかもしれません」とクリーブス氏は言う。

謎に包まれた原始生命

もし生命が根付く前に何度も誕生と消滅を繰り返していたとしたら、そのような生命体が存在したことを示す痕跡は残されていないため、私たちは何があったのかを知ることはほぼ確実にできないだろう。

生命は、花や木、恐竜や人間には至らない全く異なる道筋をたどっていた可能性もある。それらを理解する鍵は、大きな問いをもっと小さな一連の問いに置き換えることだと、ショスタク氏は言う。

「生命は非常に複雑なシステムで、最も単純な細菌やウイルスでさえ、動く部品が何千とあります。どのようにそのようなものが突然現れるかを理解することは難しいです」とショスタク氏は言う。「その答えは、突然現れたわけではないということです。生命の誕生は一歩一歩段階を経て起こったのです」

文=Kieran Mulvaney/訳=杉元拓斗(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年3月22日公開)

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