米映画の都ハリウッドが生成AI(人工知能)への警戒を強めている。米オープンAIは7月末、対話型AI「Chat(チャット)GPT」に人と近い反応速度で会話できる音声機能を加えた。「AI声優」に対する俳優の反発は強く、ゲーム声優のストライキも再び起きている。
音声機能は当初、6月下旬の開始を予定していたが、1カ月遅れた。安全性を高めるため、オープンAIが用意した4種類の音声のみでAIが回答するようにした。
サービスの開始が遅れたのは権利問題への対処が背景にある。
米国では一般的に名前や容姿の商業利用を自分たちで管理する「パブリシティー権」を誰もが持つ。特に顔や容姿についての画像などの使用は肖像権として保護される。
知的財産権に詳しいスタンフォード大ロースクールのマーク・レムリー教授によると、米国では35州ほどで、州法や判例によってパブリシティー権が保護されている。
米国でも特に肖像権の保護意識が強いのがハリウッドの俳優たちだ。
映画俳優組合、43年ぶりにスト
約16万人の俳優らが入る映画俳優組合―米テレビ・ラジオ芸術家連盟はパブリシティー権の確立に貢献してきた。2023年には映画やドラマでAIが職を代替しないことなどを求めて43年ぶりにストライキを起こし、AIを使う際は十分な説明や報酬を義務付ける条件を勝ち取った。
オープンAIは音声機能の実用化を急ぐあまり、虎の尾を踏んだ。
オープンAIが当初予定していた音声に対し、米俳優スカーレット・ヨハンソンさんが自身の声に酷似していると抗議し、利用を停止した騒動が5月にあった。
オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)からの依頼を断ったのに使われたと主張している。
ヨハンソンさんは日本経済新聞の取材に「ショックを受け、怒り、私に似た声を追求するアルトマン氏に不信感を抱いた」とコメントした。
一連の出来事は、生成AIに俳優の姿や声を無許可で再現されるリスクを浮き彫りにした。7月下旬にはAI声優を懸念するゲーム声優の職を守るストが起きている。
ハリウッドがあるカリフォルニア州は、声や肖像について広範な権利を守る。レムリー教授は「ヨハンソンさんはパブリシティー権の侵害で訴訟を起こせる」と指摘する。
アルトマン氏が依頼を重ねたことや、ヨハンソンさんがAI音声を演じた映画「her/世界でひとつの彼女」にちなんでアルトマン氏がSNSに「her」と投稿したことなどが、訴訟の主張の根拠になるという。
AIと肖像権や声の保護に一石
オープンAIやアルトマン氏の軽率ともいえる行為が、AIと肖像権や声の保護の議論に一石を投じる事態となった。
組合は今回のヨハンソンさんの抗議を支持する。ジェフリー・ベネット顧問弁護士は「(小説や絵の)著作権が連邦法で守られているように、声と肖像をAIの『なりすまし』から保護する連邦法も早急に必要だ」と強調する。7月にはテネシー州で、初めて声も対象にAI複製を直接禁止する「エルビス法」が施行された。
連邦議会も法整備に向けて動いており、ヨハンソンさんは「透明性の確保と適切な法案成立を期待する」と主張する。
日本ではパブリシティー権は明文規定がなく判例によって確立されている。今後は各省庁が連携し、AI声優の利用ルールを整える方針だ。
テック各社がAIの音声機能の開発を競うなか、オープンAIとハリウッドの関係が緊張する間隙を突く動きも出ている。8月上旬、米メタがハリウッド俳優の声をAIに使うため、数百万ドルをかけて俳優陣と交渉していると米ブルームバーグ通信が報じた。
アルトマン氏はヨハンソンさんに「あなたの声を使えばテック企業とクリエーターの溝を埋められる」と説得した。ハリウッドは拙速な対応にむしろため息をつき、オープンAIの信用に傷がつく結果となった。
(シリコンバレー=中藤玲)
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