ウェブで検索されやすい単語のひとつが「マグロ」だそうです。日本人はマグロが大好き。私もです。そのマグロが夏の一時期だけ、群れる場所があります。小笠原諸島の小さな島の岩陰です。
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小笠原諸島を訪れるには、片道24時間の父島行きの定期船に乗るしかありません。6日に1度の午前11時、かつての長距離船のようなドラの音(録音)と汽笛を鳴らし、竹芝桟橋(東京都港区)を出港します。
船内で一夜を過ごし、翌朝、甲板に立つと強く明るい日差しと共に、「ボニンブルー」の海が飛び込んできます。東京湾とのあまりの違いに驚き、感動で思わず叫んでしまうはず。同じ東京都とは思えません。父島までの距離はちょうど1000キロ、緯度は沖縄本島とほぼ同じ。孤島ではないものの「絶海」です。時間をかけるからこそ味わえる喜びです。
父島の二見港に到着する約2時間前の午前9時ごろ、「進行方向左手に聟島(むこじま)列島が見えます」という船内放送が流れます。父島の北約50~70キロにある無人小島の連なりです。通称は「ケータ」。1827年に来航した英国人船長名に由来します。明治政府が76年に小笠原諸島の領有を宣言し、翌年「聟島」に改めました。
さらに30分後、聟島列島の最南端にさしかかると、真ん中にぽっかり穴の開いた小さな島が見えてきます。嫁島(よめじま)です。「世界自然遺産」の一部で、五輪とパラ五輪が開催されたパリの凱旋(がいせん)門のような大岩です。
ここが今回の舞台です。
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この嫁島にある穴の中で、サカナたちが渦を巻きながらビュンビュン泳いでいます。その主役が、写真の「イソマグロ」です。
イソマグロは、クロマグロやキハダマグロのように美味で高級とされるマグロ属ではありません。ハガツオに近く、イソマグロ属という単独の属を構成しています。食感もかなり異なり、脂が少なくあっさりとクセのない味わいで、やや水っぽい。好き嫌いが分かれるといいます。
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「ニセマグロにだまされた」とは思わないでください。流線型の姿で泳ぐ速さと力強さ、見られる機会の少なさから、ダイバーにとっては憧れの対象です。沖縄など他の海でもまれに見られることがありますが、単独か数匹がちらりと姿を現すだけです。
嫁島では、多い時には100匹以上集まります。全長2メートルになる個体もおり、50メートル四方の穴の中をぐるぐる泳ぎまわる様子は絶景で、圧倒されます。集まるのは5~8月の昼間。繁殖と、明るい場所を避けているためだとされます。
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穴の中は潮が流れていることが多く、うねりで大きく揺さぶられることも少なくありません。今年7月に訪れたときも、タカサゴやウメイロモドキといったサカナですら、位置取りがままならなかったようで、私たちダイバーにぶつからんばかりに大接近。何度も一緒に揺さぶられました。
それはそれで楽しかったものの、「ヒトより泳ぎの上手なキミたちがよけてくれないと、イソマグロが見えないよ」などと、タカサゴたちに文句を言ってしまいました。
見上げると、イソマグロたちは、穴底でアタフタする我々や流れなど気にもせず、中層を縦横無尽に泳ぎ回っていました。
マグロはカッコいいなあ。(東京都小笠原村で撮影)【三村政司】
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