小松泰信・岡山大名誉教授

 ぜひ、話を聞きたかった人だ。4年前、岡山大学の定年退職を機に「共産党入党宣言」を発表した小松泰信さん(70)。農協協会の「農業協同組合新聞」電子版に「地方の眼力」のタイトルでコラムを書き続け、「言いたいことを言う」スタンスを崩さない。一方でユーモアのセンスにたけ、入党しても「党派色」のない語りが最大の魅力だ。【聞き手・三枝泰一】

 ――あえて「共産党入党宣言」を公表されたのは、なぜ?

 ◆ブレない生き方を貫きたかったからですね。日本共産党の綱領には「食料自給率の向上、安全・安心な食料の確保、国土の保全など多面的機能を重視し、農林水産政策の根本的な転換をはかる。国の産業政策のなかで、農業を基幹的な生産部門として位置づける」と明記されています。シンプルですが、今、私が目指す日本の農業の方向性にぴったりと重なる。正直、新自由主義的な思考に傾いた時期もありました。私は長野県の農協の調査研究機関が振り出しですが、学部と院生の時代に農業協同組合論を専攻したわけではないので、逆に素人の強みをいかそうと考えて、経営戦略関連の本を読んできました。イノベーションの世界ですね。「あか抜けた農業」のイメージに引かれ、農業経営の大規模化・効率化を考えました。視野を広めること自体は大切なことだと今も思いますが、私の場合は、現場の生産者や農協職員の皆さんとのやりとりを積み重ねる中で、自分の方向性が変わった実感があります。中身も固まりました。65歳を過ぎ、研究者としての余生をフラフラしたものにしたくないという思いが募り、それが共産党の持つ筋金入りの姿勢へのシンパシーにつながりました。あえて「宣言」したのは、自分の決意を皆さんに伝えたかったからです。

 ――どんなやりとりの中で?

 ◆たくさんありますが……。私の心に刺さった一つのエピソードを紹介しましょう。EU(欧州連合)の共通農業政策は、早い時期から地域の持続性に目配りをした農業の多面的機能を視野に入れていました。「とは言ったって、もうからなければ日本の農業は立ち行かないよな」という考えが、昔の私の中にはありました。そんな意識をガラッと変えてくれたのは、2016年の熊本地震の後、阿蘇地域のJA青年部の講演会に呼ばれた時に、組合長が生産者たちに呼びかけた言葉です。「俺たちは、銭金が欲しくて農業をやっているんじゃないんだ。この地域を守っている。みんな、もっと誇りを持とう」と。典型的な中山間地域です。単純な効率性のモノサシで考えれば営農を続ける意味はないという答えになる。震災の直後で大地はひび割れていたし、正直、そんな空気も感じていたのですが、この訴えで、会場は水を打ったようになった。「中山間地域の農業なんて、補助金が支えているんだろ」と揶揄(やゆ)する声がありますが、とんでもない。中山間地の農業を支えているのは、生産者のプライドです。大学の教員として「『農業の多面的機能とは……』」とテキストを読むような話しかしてこなかった自分が恥ずかしくなりましたね。

 今や言うまでもないと思いますが、EUをはじめとして、地域と共生した新しい農業が新たなビジネスチャンスを生んでいます。

 ――第2次安倍政権以降の農政に厳しい声をあげておられます。

 ◆農業は二層構造で成り立っています。表層は市場経済につながるビジネスの層であり、有利に生産資材を確保し、できるだけ高値で生産物を販売するように努める点で、製造業やサービス業と変わりません。一方で、基層にあるのは地域コミュニティーであり、共同行動を通じて農業の生産基盤が維持されています。農業を営みながら地域の生活や自然環境を守る、まさに「多面的機能」の源泉です。

 安倍(晋三)元首相は、「岩盤規制」にドリルで穴を開ける、と公言しました。岩盤は基層にあたります。その価値は表層のビジネスの論理とは相いれないが故に、そして壊してはいけないが故に、規制で守られてきました。代表的なのは農地法であり、生産基盤を維持するための補助金です。

 安倍農政では、競争力の強化も叫ばれました。ここでの「競争力」とは、言うまでもなくビジネスの論理です。規制をなくして、第2次産業・第3次産業の論理を第1次産業に押しつける発想です。利益を第一に考える主体、特にグローバル企業は、基層の領域には配慮せず、利益を追って世界を「浮遊」する存在です。国民を食料で困らせないようにする第1次産業の使命を考えれば、そうではなく、基層の価値、すなわち、地に根を張った「着土」の思想が求められる。農業経済学者で「農学原論」を発展させた祖田修・京大名誉教授が唱えた概念です。

 先ほど話しましたが、若いころは、この基層領域を農村社会の非民主的な後進性としてとらえ、改善すべきだと考えていました。農家の皆さんの無償の行為に支えられている部分があり、人間関係の煩わしさもある。しかし、基層のおかげで農業の営みが成立していることに気づきました。

 ――その後のウクライナ戦争で「食料安全保障」の議論が広がり、自由貿易を前提にした農政の限界が現実化しました。

 ◆農業は「平和的な防衛産業」だと思っています。

 話は少しずれますが、共産党の存在を意識したのは、政府が集団的自衛権の行使を関連法に盛り込んだ「2015年安保」の時でした。私はあらゆる戦争に反対します。それと同時に、農政を考えることは、戦争と平和そのものを考えることに直結すると思っています。農業補助金や農家への所得補償制度をどうとらえるかにも関わってきます。「補助金」には「バラマキ」のイメージが浸透していますが、これを「あまねく」という言葉に置き換えれば、相当印象が変わります。農業が「多面的機能」を担う産業であるからには、日本中にあまねく存在することが望ましい。セーフティーネットの概念ですね。食料生産の基層の維持は、防衛政策の範疇(はんちゅう)で考るべき課題でもある。保守の政治家の皆さんにも理解いただけると思います。

 ――長年たずさわった農業協同組合の役割にも、常に言及されていますね。

 ◆評論家の吉本隆明さんは、資本主義を「人類の歴史が無意識に生んだ作品」と書いています。これに対し、社会主義も共産主義も、NPOやNGOも、そして農業協同組合も、「作ろう」という人間の意識に導かれた存在です。組合員は主権者であり、運営者であり、利用者です。CS(顧客満足主義)の「顧客」ではなく「当事者」であり、主体者意識をもって状況を動かしていく「主体」です。それへの「気づき」が大切です。

 長野県のJA松本ハイランドは、組合員の皆さんの協同組合の一員としての意識を高め、それぞれの地域のリーダーに育ってもらう「協同活動みらい塾」を開講しています。そこで私は必ず言うんです。「歴史を振り返れば、農家には『ただ働き』を美徳とするような視線が注がれていた。低い所得で国土を守ってきたのが農家なのです。補助金は、その『未払い賃金』みたいなものです」と。

 これを聞いた塾生の言葉を紹介しましょう。その方は非農家の出身でした。若いころは「農家は補助金がもらえていいなあ」と思っていた。農家に嫁いでからも、当初は補助金の受給に「うしろめたさ」を感じていた。でも、家族経営を支えるまでになった彼女は「これからは、必要な補助金は堂々と頂きます」とね。

 ――「党派」を出すことで、やりにくくなった面はありませんか。

 ◆興味があったんですよ。私から離れていく人が多いんじゃないかな、と。案外、違いました。酔った席で「俺もこっそり(共産党に)入れているんだよ」とささやく友人もいる。

 必要不可欠な政策に、党派は関係ないとも思っています。選挙の際に「与党の候補を当選させなければ、補助金がつかなくなる」と声を上げるJAの方もいます。私は言うのです。「つけなくてはいけない補助金は、どの党が勝っても、つきますよ」と。

こまつ・やすのぶ

 1953年、長崎市出身。1976年、鳥取大農学部卒。1983年、京都大大学院農学研究科博士後期課程研究指導員認定退学。博士(農学)。長野県農協地域開発機構研究員、石川県農業短大助教授、岡山大農学部教授、同大学院環境生命科学研究科教授を経て2019年3月定年退職、同名誉教授。同年4月より長野県農協地域開発機構研究所長。専門は農業協同組合論。著書に「非敗の思想と農ある世界」「農ある世界と地方の眼力」(1~6)「隠れ共産党宣言」「共産党入党宣言」など。

 2024年(第52回)毎日農業記録賞の作文を募集しています。9月4日締め切り。詳細はホームページ(https://www.mainichi.co.jp/event/aw/mainou/guide.html)。

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