米国ワイオミング州ケリーに設置された遠隔カメラが捉えた野生のピューマ。(Photograph by Charlie Hamilton James, Nat Geo Image Collection)

ネコ科の動物を死なせる「よろよろ病」と呼ばれる感染症に、北米の野生のピューマがかかっていたことが明らかになった。よろよろ病は、ヨーロッパでは50年前からイエネコや動物園の動物で確認されているが、北米で確認されたのはこれが初めてだ。論文は新興感染症の専門誌「Emerging Infectious Diseases」2024年8月号に掲載された。

ピューマを調べた米コロラド州立大学の野生動物病理学者のカレン・フォックス氏は、「罹患したのがこの個体だけなら心配はしません」と言う。「けれども経験的に、私たちが発見する疾患は氷山の一角であり、これまでに見落としてきた症例がたくさんあることが多いのです」

このピューマは2023年5月に発見された。コロラド州ダグラス郡に住むエリカ・ラインハートさんが、涼しい朝にベンガル猫のマーラを連れて散歩をしていると、近所の住民が「うちの庭にピューマがいる」と声をかけてきた。

2人が家の中から庭を見ると、若いメスのピューマが中庭の家具の下から出ようとしてもがいていた。ピューマは後脚と腰がうまく動かず、2本の前脚で体を引きずって近くの松の木まで行った。

ピューマを救おうと、ラインハートさんは複数の野生生物リハビリテーションセンターに連絡したが断られ、仕方なくコロラド州公園野生生物局に通報した。ほどなく公園野生生物局の職員が来て、疾患の正確な原因は分からないまま、ピューマを安楽死させた。

今回発表されたのはこのピューマの組織検査の結果だ。

よろよろ病とは

よろよろ病(staggering disease)という名称は、罹患したネコがよろよろと歩くことからつけられた。ネコは後ろ脚が不自由になるほか、爪が引っ込められなくなったり、愛情表現が増えたりするなど、さまざまな症状が現れる。

イエネコのよろよろ病は1974年にスウェーデンで初めて確認されたが、その後の研究で、北欧のほかの地域やオーストリアやドイツでも多発している場所があることが明らかになっている。よろよろ病で死んだネコの数について公式の統計はない。

この神経疾患を引き起こす病原体は最近まで謎だった。長い間、ヒトを含む哺乳類に神経疾患を引き起こすボルナ病ウイルスが有力候補とされてきたが、2023年2月に学術誌「nature communications」に発表された論文で、よろよろ病とルストレラウイルス(ヒトに感染し、妊婦には特に危険な風疹ウイルスと近縁)との関連が明らかにされた。イエネコのほかにも、動物園で飼育されているライオン、有袋類、カワウソ、ロバなど、さまざまな動物で見つかっているウイルスだ。

ピューマがよろよろ病と診断されるまで

フォックス氏のチームは、2023年にコロラド州公園野生生物局から依頼を受けてピューマの疾患の原因を調べたが、レントゲンと病理解剖では何も見つからなかった。そのため、より詳細に調べることになった。

ピューマの脳と脊髄は炎症を起こしており、組織が損傷した領域があった。「炎症がひどいと、脊髄はその役割を果たせなくなってしまいます」とフォックス氏は言う。「脳と脊髄と脚を制御する神経の間のどこかで、メッセージが混乱してしまうのです」

炎症を引き起こす疾患はいろいろある。フォックス氏はピューマの死体から採取した試料中に含まれるRNAの塩基配列を決定してみたところ、ルストレラウイルスと一致するものを見つけた。

フォックス氏は、ピューマの脳の病変にウイルスが含まれていることを確認してもらうため、ドイツのフリードリヒ・レフラー研究所に組織サンプルを送った。すると、高度な診断検査によってルストレラウイルスの存在が確認された。

北米の野生動物でよろよろ病が見つかったことは、専門家にも予想外だった。

「ルストレラウイルスは、ヨーロッパではもっと広く分布していて、いろいろな変異体があるだろうとは思っていました。けれども別の大陸にこれほど近いものがあるとは、個人的にはまったく予想していませんでした」と、論文の最終著者で、ドイツの研究所で診断ウイルス学プログラムチームを率いる獣医学研究者のデニス・ルッベンストロース氏は言う。

野生動物への影響は?

ルストレラウイルスが北米の野生動物に大きな影響を及ぼすかどうかはまだ分からない。

コロラド州公園野生生物局は、現時点ではピューマの病気や死亡の件数が増えたという報告は受けておらず、個体識別用の首輪をつけたピューマの死亡も増えていない。同州は現在の監視プログラムを継続し、病気のピューマが見つかれば、さらなる検査を実施するとしている。

「北米の動物たちがこのウイルスに初めて出会ったのなら、免疫ができるまでにある程度の時間がかかるでしょう」と、米コーネル大学の野生動物病理学者であるエリザベス・バックルズ氏は言う。なお氏は今回の研究には参加していない。

動物たちの集団が新しい疾患にどのように反応するかは、その動物の繁殖頻度、集団で行動するかどうか、新しい生息地を求めて長距離移動するかどうかなど、さまざまな要因に影響される。

フォックス氏は、診断がつかなかった過去の症例のサンプルを保存している獣医師と協力し、イエネコの集団を遡って検査したいと考えている。そうすれば、よろよろ病がすでに北米のペットに存在しているかどうかを特定するのに役立つだろう。フォックス氏らは、この疾患が広まるしくみも解明したいと考えている。

どのように広まるのか

2023年の研究は、ヨーロッパにおけるルストレラウイルスの自然宿主として、モリアカネズミ(Apodemus sylvaticus)やキクビアカネズミ(Apodemus flavicollis)などのげっ歯類を特定している。

コロラド州では、シカシロアシマウス(Peromyscus maniculatus)やリスなどの小型哺乳類がウイルスを媒介している可能性がある。ウイルスはこれらの小型哺乳類に対して病原性をもたない可能性があり、フォックス氏は、小型哺乳類を捕獲して脳と脊髄を検査し、より詳しい情報を得たいと考えている。

ネコ(やピューマ)がルストレラウイルスに感染するきっかけとして最も考えやすいのは、ネズミを食べることだ。しかし、ウイルスが胃から脳へどのように移動するかなど、正確な感染メカニズムはわからない。

研究者たちは、ピューマや他の大型哺乳類がこの疾患に罹患した場合は、それ以上疾患を拡大させることはない「終末宿主」となると考えている。

コロラド州のピューマから検出されたルストレラウイルスは、ヨーロッパで見つかっているいくつかのウイルス株とは遺伝的に異なっている。この点は、今回のウイルスが最近になって北米大陸に入ってきたものではなく、しばらく前から気づかれることなく北米大陸にあった可能性を示唆している。

今のところ、人間のよろよろ病は報告されていない。しかし、さまざまな動物が罹患していることを考えると、動物から人間に感染する可能性はないとは言えない。

ドイツでは、ルッベンストロース氏らがウイルスの挙動の研究を続けている。ドイツの研究室を率いるフロリアン・プファフ氏は、「南米、アフリカ、アジアでこのウイルスの変異体が発見されないかどうか、目を光らせていなければなりません」と言う。「私は、ウイルスはもうそこにいて、見つける必要があると考えています」

文=Kylie Mohr/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年8月28日公開)

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