ハンドウイルカのオス(フランス領ポリネシアのランギロア海峡で撮影)はメスを積極的に守る。(PHOTOGRAPH BY GREG LECOEUR, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

水族館でおなじみのハンドウイルカと聞けば、多くの人は遊び好きで好奇心旺盛な動物をイメージするだろう。実際、映画や水族館では、イルカの人懐っこさが強調されている。

だが、2024年の夏には福井県でイルカが人間を噛むニュースが話題となった。ハンドウイルカの邪悪な一面なのだろうか? そう思ってTikTokやYouTubeを見回せば、イルカの「知られざるダークサイド」を紹介する動画があったりする。

しかし、動物を悪者にすれば、憂慮すべき結果を招くことがある。例えば、映画『ジョーズ』をきっかけに、人々はホホジロザメを恐れるようになり、この頂点捕食者のトロフィーハンティング(娯楽としての狩猟)がブームになった。

そこで、研究者に話を聞き、ハンドウイルカ(Tursiops truncatus)の生態をめぐる事実と誇張を整理してみよう。

「フリッパーほど優しくない」のは当たり前

問題が生じるのは、人々が本物のハンドウイルカを見て、「イルカは昔テレビドラマで見たフリッパーほど優しくない」と思ったときだと、米ノースカロライナ州にあるデューク大学海洋研究所の所長アンドリュー・リード氏は話す。

実際、イルカはしばしば攻撃性を示す。特に、メスと接触しているオスにはその傾向がある。

ソーシャルメディアのクリエイターであれば、「フリッパー時代の(フレンドリーな)イメージを覆し、イルカの『悪い』行動を誇張したいと思うでしょう。しかし、実際のところ、これらは進化的な行動にすぎません」と動物行動学者のアンバー・リー・キンケード氏は話す。キンケード氏は米フロリダ州のNPO「ワイルドライフ・リサーチ・アライアンス」の設立者でもある。

「彼らは種を繁栄させるため、最も理にかなった行動をとります」

オスは素行が悪い?

ハンドウイルカは知性と社会性が高く、必要なものを得るために同盟を結び、政治的な社会で生きている。オスにとって、同盟の目的はメスだ。

群れによっては、オスのペアやグループが暴力的に見える方法でメスを支配しているため、そうした行動を誘拐などと呼ぶ人もいる。

一方、科学者は「社会的性行動」と呼んでいると米フロリダ・アトランティック大学の行動生物学者デニース・ハージング氏は話す。ハージング氏はワイルド・ドルフィン・プロジェクトの設立者で、バハマ沖に生息するタイセイヨウマダライルカ(Stenella frontalis)の群れを40年にわたって研究している。

バハマの群れの場合、オスのグループが発情期のメスを「独占」しており、メスのそばをうろつき、ほかのオスを寄せ付けないようにしている。

ただし、「必ずしも強制的な状況ではありません」とハージング氏は言う。「メスは好きなオスを選ぶことができ」、何年もの間、いろいろなオスの子どもを産む。また、メスがオスを尾でたたき、寄せ付けないようにすることもある。

「私たちは『離合集散』社会と呼んでいます」とハージング氏は説明する。「集まったり、離れたりと、かなり柔軟な社会です」

オスのグループはまた、子連れの母親をサメなどの危険から守っている。

オーストラリアのシャーク湾に生息するハンドウイルカは研究が進んでおり、人より複雑な社会秩序を形成していると考えられている。メスを確保するため、複数のグループが多層的な同盟を結んでいるのだ。

このグループでは、2〜3頭のオスの「集団」が何週間も維持されることがある。シャーク湾のオスを対象にした2022年の研究では、社会的なつながりの強いオスは、子どもの数がより多いことがわかった。

人間の道徳はイルカにあてはまらない

オスが定期的に子殺しを行うハンドウイルカの群れもある。

「もしメスと一緒にいる子どもが自分の子どもではなかったら、オスはその子どもを殺そうとするかもしれません」とリード氏は話す。子どもがいなければ、メスは交尾を受け入れやすくなり、オスは自分の遺伝子を残しやすくなるためだ。

アフリカのライオンは、オスが群れを乗っ取ると、「まず群れにいる子どもを皆殺しにします。進化の観点から、この行動は理にかなっています」とリード氏は説明する。

「人がつくった社会的行動や道徳に照らし合わせ、私たちは恐ろしいと考えます」。しかし、リード氏によれば、動物界ではよくあることだ。

「ハンドウイルカは種として、いじめっ子のような気質を持っています」とハージング氏は話す。ハージング氏は、単独のハンドウイルカがネズミイルカ(Phocoena phocoena)を殺す行動を例に挙げ、その理由は解明されていないと述べている。

死体と交尾する例も

もっと不可解なのは、同じ種の死亡した個体と交尾する行動だ。フロリダ州のサラソタ湾周辺では、オスのハンドウイルカによる同事例が4件記録されている。

「これは非常に珍しいことです」とキンケード氏は話す。キンケード氏は米モート海洋研究所・水族館に所属していた2022年の研究で、ハンドウイルカの死体との交尾行動を4件報告した。モート海洋研究所・水族館は、50年の歴史を持つ世界最長のイルカ研究「サラソタ・イルカ研究プログラム」を運営している。

この行動をとったオスのペア4組は互いにつながりがなく、交尾相手の死んだメスとも無関係だった。

水中にフェロモンが存在した、オスたちはメスがまだ生きていると勘違いしたなど、この行動を説明する主な理由は考察の結果除外されたため、この現象は今も謎のままだ。

「彼らに人の道徳規範は通用しません」とキンケード氏は話す。たとえ何らかの道徳規範があるとしても、イルカたちの意図を知るのは難しい。

攻撃的になるイルカの前兆

リード氏によれば、泳いでいる人やボートに乗っている人など、人との接触が繰り返されると、イルカはストレスを感じやすくなる。日本で報告されている、人がイルカに噛まれる事故について、ストレスが背景にあるのではないかとみる専門家もいる。

また、ほとんどのイルカは人に危害を加えることはないが、水中で口を開けている、泡をつくる、大声を発する、クマやゴリラのように威嚇突進するなど、イルカが攻撃的になる前兆を知っておくことは重要だ。

攻撃的な行動がみられても、「相手がバイソンやヒグマであれば驚く人はいません」とリード氏は話す。ハンドウイルカは「海に暮らすバイソンやヒグマのようなものです」

「つまり、大きくて、野性的で、力強く、予測不可能な動物です」

文=Liz Langley/訳=米井香織(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年9月1日公開)

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