数カ月にわたる根気強いデータ収集と検査の結果、科学者は米フロリダ沖で魚がぐるぐると回りながら死ぬ原因を突き止めた。有毒な藻類の組み合わせが原因だったのだ。
2023年11月、フロリダ・キーズ諸島の住民が、絶滅危惧種であるノコギリエイ科のスモールトゥース・ソーフィッシュ(Pristis pectinata)などの魚が円を描いて泳ぎ、その後死んでしまうことに気づき始めた。科学者は後に、ブダイの仲間やオオメジロザメ(Carcharhinus leucas)、イタヤラ(Epinephelus itajara)など、80種類以上の魚でこの現象を確認した。
このため、政府機関、非営利団体、大学などが協力して調査を開始し、数十年にわたるソーフィッシュの保護活動が後退する前に、原因究明に乗り出した。
歯が生えたノコギリのような吻(ふん)を持つユニークなエイであるソーフィッシュのうち、少なくとも54匹が死亡したことが確認されている。専門家によれば、さらに多くの個体が毒で死んでいるとのことだ。米フロリダには繁殖可能なメスのソーフィッシュは650匹ほどしかいない。
何百もの水と魚のサンプルを調べた結果、専門家は、おそらく複数種の「渦鞭毛藻(うずべんもうそう、肉眼で見えないほど小さな「微細藻類」の一種)」に由来する複数の毒素に複合的にさらされたせいで、この症状を示す魚が死んだと結論づけた。
通常であれば、問題になっている渦鞭毛藻は海底の海草や大型の藻類に付着して生息しており、水の中を浮遊していることはない。しかし、まだ解明されていない何らかの原因、例えば熱波や嵐、あるいは複合的な出来事により、渦鞭毛藻が海草や藻類を離れて移動したとみられる。
「非常に珍しいことです。これまでに見たことがありません」と、米サウスアラバマ大学海洋環境科学ストークス校とドーフィンアイランドシーラボで、有害藻類ブルームを研究している海洋科学者のアリソン・ロバートソン氏は言う。何が原因であれ、「解明しなければならない課題です」
2024年7月に採取された水のサンプルでは水中の藻類が通常レベルに戻っていることが確認され、フロリダでのこの出来事は終息したが、今後再発するのか、何が原因なのか、なぜ特定の種が他の種よりも大きな影響を受けたのか、という疑問は残っている。
複合してより強い毒性が
初期の水質検査では、毒性を持つ渦鞭毛藻が異常発生する「赤潮」の可能性は除外された。また、海水に溶けている酸素、塩分濃度、pH、温度はすべて正常の範囲内であり、原因とは考えられなかった。
最初の突破口は、米フロリダ・ガルフ・コースト大学で藻類ブルームを研究する海洋生態学者マイケル・パーソンズ氏の研究によってもたらされた。氏の研究で、海水サンプルから、海底に生息する渦鞭毛藻であるガンビエールディスカス属の一種が通常よりも高い濃度で検出されたのだ。
この藻類はシガテラ毒(シガトキシン)という神経毒を生成する。この神経毒をもつ魚介類を食べた人は、嘔吐や吐き気、神経症状を引き起こす「シガテラ」と呼ばれる食中毒になることがある。
「私たちの最初の手がかりは、毒素を生成するこの藻類でした。人間の健康にも影響を及ぼす可能性があるため、まずはそこから調査を始めました」とロバートソン氏は説明する。
ロバートソン氏らの研究チームは、症状を示す魚の筋肉からはあまり毒素を発見しなかったが、不純物をろ過する役割を持つ肝臓には、シガテラ毒からガンビエールディスカス属以外の渦鞭毛藻が生成する様々な毒素までがぎっしり詰まっていることを発見した。
「これが核心部分です」とロバートソン氏は言う。シガテラ毒だけが原因ではない。「私たちの研究室で集めてきた証拠によると、特にソーフィッシュに見られる異常な行動は、多くの異なる海底藻類の毒素に複合的にさらされたことに関連していると考えています」
「複数の毒素を生成する藻類もいるため、一対一の関係ではありません」とパーソンズ氏は補足する。
ソーフィッシュに大きな打撃
原因不明の出来事により、海草や藻類から一旦離れた渦鞭毛藻は、水中全体に広がっただけでなく、海底にも集まったとロバートソン氏は説明する。
海底はまさに、全長約5メートルのソーフィッシュがノコギリ(ソー)を使って他の魚やカニなどを捕食する場所だ。
死亡したソーフィッシュの一部をロバートソン氏らが調べたところ、肝臓とエラの両方で毒素濃度が最も高かった。
つまり、高濃度の毒素を含む水がソーフィッシュのエラを通過し、神経に影響を与えたということだ。また、ソーフィッシュは毒素を含んだ獲物も捕食していた。
ソーフィッシュの将来を危惧した科学者たちは、2024年春に米国史上初めて、謎の奇病の影響を受けた絶滅危惧種のソーフィッシュを救助する前例のない緊急活動を開始した。
2024年4月5日、科学者たちは苦しんでいたソーフィッシュを救助し、米フロリダ州のモート海洋研究所・水族館でリハビリを開始したが、そのソーフィッシュは生き延びることはできなかった。その後、症状を示すソーフィッシュの報告は減少したが、同様の事態が再び発生した場合に備え、対応チームと手順書が現在用意されている。
保護にとって大きな後退
スモールトゥース・ソーフィッシュは、米国絶滅危惧種法(ESA)の下で2003年から絶滅危惧種に指定されている。沿岸の開発や乱獲により、その数は減っている。現在ではバハマと米国に2つの群れが残っているだけで、米国の群れの方が大きい。
2023年、科学者たちは州内水域での刺し網の使用を禁止するなど、ソーフィッシュの保護活動20周年を祝ったばかりだと、米フロリダ州立大学で、スモールトゥース・ソーフィッシュを研究している魚類生態学者ディーン・グラブス氏は言う。
今回の出来事がソーフィッシュに与える長期的な影響は、少なくとも2〜3年はわからないだろうとグラブス氏は言う。
「私の直感では……これはかなり大きな後退です。これが2003年にソーフィッシュが絶滅危惧種に指定される前の状況に戻るほどの後退なのかはわかりません」
希望の兆し
この調査では、フロリダ・キーズ諸島にとって新たな毒素が発見されるなど、他にも興味深い発見があったとロバートソン氏は言う。この毒素はヨーロッパの藻類のものだが、ロバートソン氏らが扱ったサンプルからはその痕跡は検出されなかった。「まだまだこの先やるべきことが山積みです」
前例のない出来事は不運だったが、ロバートソン氏にとっては希望の兆しもある。
「多くの科学者が集まり、データを共有してフロリダ・キーズ諸島の生態系やその健全性について学ぶという、これほど集中的な科学調査が行われたのは今回が初めてです」
文=Bethany Augliere/訳=杉元拓斗(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年9月11日公開)
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