東京大学の林悠教授(筑波大学客員教授兼務)らは、睡眠時に見る夢と連動して体が動いてしまう現象に関わる脳回路を特定した。この回路は夢を見ることが多い「レム睡眠」を引き起こすスイッチの役割も担い、起きているマウスで人為的に働かせると睡眠を誘導できた。
成果をまとめた論文は米科学誌「セル」に掲載された。睡眠は眼球がキョロキョロと動く「レム睡眠」と、動かない「ノンレム睡眠」を周期的にくり返す。夢はレム睡眠時に見ることが多く、脳が活発に活動している。脳には神経細胞が互いに接続した複雑な回路が存在し、生命機能の管理のほか、知性といった高度な機能を作り出す。これまで、レム睡眠に関わる回路は脳の根元付近の「脳幹」に存在するとされていたが、詳細な回路や仕組みは不明だった。
研究チームは脳幹のうち、「橋(きょう)」と「延髄」と呼ばれる部位に、レム睡眠を開始させるスイッチの役割を担う「レム睡眠誘導神経細胞」を発見した。この細胞を活性化させると起きていたマウスが眠り、レム睡眠状態となった。逆に働きを抑えるとレム睡眠が減少し、睡眠中に体が動きだした。
詳細に調べたところ、橋と延髄にあるレム睡眠誘導神経細胞は互いに接続し、筋肉の脱力や眼球運動に関わる脳部位などにつながっていた。夢を見るときには大脳が活発に活動し、海馬から特殊な脳波が出る特徴があるが、発見した神経細胞はこれらの活動を制御する脳部位にも接続していた。
睡眠時に体が動く現象は「レム睡眠行動障害」と呼ばれ、夢と連動して腕や足が動いたり、声を発したりする。近年ではパーキンソン病の発症前に現れる症状として注目される。研究者は関連性を調べるため、亡くなった患者の脳を解析したところ、レム睡眠誘導神経細胞が減少していることも突き止めた。
周期的に発生するレム睡眠は深いノンレム睡眠を誘導し、睡眠の質を高めることが分かっている。レム睡眠が減少すると認知症の発症リスクや、心臓などの病気による死亡リスクが高まるとされる。今回特定した脳回路を刺激する技術が開発できれば、睡眠の質を高める医薬品などの開発につながる可能性がある。
研究チームは今後、レム睡眠の量を増減させたときに脳や体にどのような影響を与えるか検証する。「レム睡眠を人工的に引き起こす技術が登場したことで、間接的に夢を誘発させることも可能となった」(林氏)。夢がもたらす影響やその仕組みの研究にも追い風が吹く可能性がある。
林氏は「今後5年をメドにレム睡眠の機能、さらには夢が担う役割の解明を目指したい」と意気込む。
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