スタートアップのアグロルーデンスが独自の発酵技術で作った「マイコプロテイン」(写真=Agro Ludens提供)

野菜の上にのった、そぼろ状の「肉」。一見すると通常のそぼろ肉にしか見えない。記者が口に入れると、想像より少し柔らかい食感だったものの、ジューシーな肉の味が広がった。

これはスタートアップのAgro Ludens(アグロルーデンス、東京・千代田)が独自の発酵技術で米と麹(こうじ)菌から作った「マイコプロテイン」だ。

マイコプロテインとは麹やキノコなどの菌類から作る代替肉で、赤身の肉に似た食感を持つ。たんぱく質を多く含み低脂質なのが特徴だ。温暖化ガスの排出量も牛肉と比較して約40分の1になるという。

今、このマイコプロテインに世界のフードテックスタートアップが注目している。

代替肉市場は成長の踊り場に

世界の人口増加や畜産による環境負荷の対策として注目を集めた代替肉。メーカーの代表格が米ビヨンド・ミートや米インポッシブル・フーズなどのスタートアップで、市場をけん引してきた。

日本勢も参戦し、日清食品ホールディングスが大豆や小麦から製造した代替肉を販売する。大阪大学やTOPPANホールディングスなどの共同研究グループも、3次元プリンター技術を用いて培養細胞からステーキ肉の作製を試みた。

ところが近年、代替肉市場は成長の踊り場を迎えている。ビヨンド・ミートの2023年度の売上高は前年比18%減の約3億4340万ドル(約500億円)に落ち込み、株価は19年のピーク時から9割ほど低下した。フードテックへのベンチャーキャピタル(VC)投資額も22年ごろから減少し始めている。

一般的な肉と比べて価格が高く、味も消費者が求める水準には達していないことが主因だ。ぱさぱさとした食感で、豆などの代替素材の味が強い商品もいまだ多い。

代替肉を製造する方法は、植物や藻類から作ったパティに味付けするものや、動物の筋肉細胞を培養するものが中心だ。多様な製造方法が模索される中で、23年ごろから冒頭のマイコプロテインに注目が集まり始めた。

乾燥した状態のマイコプロテイン(写真=Agro Ludens提供)

コストが抑えられるうえ、麹やキノコなどの菌がうま味成分を放出するため豊かな味わいになる。代替肉製造技術の本命の一つと目されるようになり、ビヨンド・ミートも24年9月、マイコプロテインの新商品開発に注力すると発表した。

酒やバイオ燃料も製造できる

冒頭のアグロルーデンスも、マイコプロテインの商品をUMAMEAT(ウマミート)という商標で24年内に販売する。6月にお好み焼き用ソースのオタフクソース(広島市)や、酢の製造販売を手掛けるお多福醸造(広島県三原市)などと開発契約を結んだ。

コメにアミラーゼ処理と呼ばれる糖を分解する処置を施すと、糖分を含んだ液体とコメのたんぱく質部分に分けられる。アグロルーデンスではこのたんぱく質に麹菌を加えて発酵させ、マイコプロテインを製造する。糖を含んだ液体も発酵させてバイオエタノールや日本酒などに加工可能だ。

アグロルーデンスは、東京大学大学院農学生命科学研究科の助教などを務め、バイオマス研究に長年携わってきた佐賀清崇代表が21年に設立した。佐賀代表は「代替肉だけでなく、副産物としてお酒やバイオ燃料も製造できる。値段は通常の肉と同等になる」と説明する。

アグロルーデンスのマイコプロテインで作ったハンバーグ(写真=Agro Ludens提供)

日本は味噌やしょうゆ、納豆などの食文化があり、歴史的に高い発酵技術を持つ。海外のスタートアップが商品開発時に日本の発酵技術を参考にすることもあるという。

実際、イスラエルのKinoko-Tech(キノコテック)は日本語のキノコから社名を取った。この他にも米国や英国、オランダ、スペイン、メキシコなど世界中のスタートアップが商機を見いだそうとしている。

ところが肝心の日本では、長らくマイコプロテイン分野での起業がなかった。発酵技術を持つのは地方の醸造所といった中小企業が多く、「新事業に挑戦するという発想が無い」(独立系VCの幹部)からだ。

アグロルーデンスの佐賀代表は、もともとバイオマス燃料の開発が専門だった。コメから燃料をつくる研究を進めていたところ、副産物として出たコメのたんぱく質部分にも活用法があると分かりウマミートの開発に着手した。

アグロルーデンスは味噌や納豆など日本の醸造産業で使われる固体培養という伝統技術を用い、マイコプロテイン製造に関する複数の特許を押さえた。液体培養する競合に比べて味や生産性で勝るという。

代替肉市場は足元で曲がり角にあるものの、脱炭素の流れを受けて長期的には成長軌道に戻るという見方は根強い。転換期にある世界市場に、日本の発酵技術を生かすチャンスがあるはずだ。

(日経ビジネス 朝香湧)

[日経ビジネス電子版 2024年9月20日の記事を再構成]

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