ブラジルのアマゾン川流域にすむピラルクーのウロコのクローズアップ写真。自然界の中でも、特に丈夫な素材として知られている。(Photograph by Andre Dib)

巨大な淡水魚は、地球上で特に絶滅が危ぶまれている動物のひとつだ。しかし、緑豊かなアマゾンの河川で、それに反する事例が生まれている。体長3メートル、体重200キロ以上になるピラルクー(ピラルク、アラパイマとも)は、わずか10年前、乱獲によって激減し、絶滅の危機に瀕していた。しかし、地域に根ざした保護活動が功を奏し、大幅に数が増えている。

ブラジルの生態学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるジョアン・カンポス・シルバ氏の研究によると、持続可能な漁に切り替えた地域では、ピラルクーの数が11年で425%も増えた。カンポス・シルバ氏は、ナショナル ジオグラフィック協会とロレックスによる「パーペチュアル プラネット アマゾン エクスペディション」の一員として、2年にわたるアマゾン川流域の科学的調査を行っている。その成果はまだ公表されていないが、ピラルクーは600%まで増えているという。

2022年、ブラジルのアマゾナス州にあるラゴ・セラードという町でピラルクーを獲る漁師。(Photograph by Andre Dib)

これまで、カンポス・シルバ氏は、ブラジル西部の手つかずの熱帯雨林地域を流れるアマゾン川の支流のひとつであるジュルア川沿いの40近くのコミュニティと連携してきた。アマゾン全体では、1100近くのコミュニティがピラルクーの保護活動を行っている。なお、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは、ピラルクーは「データ不足」に分類されている。

成功を収めたこの手法は、アマゾンや世界全体のほかの巨大淡水生物の保護に活かせるはずだ。また、この事例は、保護活動を成功させるうえで、コミュニティが果たす役割の重要性を示すものでもある。

「何十年もの間、人々はアマゾンの問題を解決する方法を外に求めていました。しかし、ピラルクーの話から得られる教訓は、森に暮らす地元民やコミュニティが答えを持っているということです。知識を持っているのは、彼らなのです」。カンポス・シルバ氏はそのように述べている。

ウロコを持つ淡水魚では世界最大

南米のアマゾン川流域は、米国本土と同じくらいの広さを持つ。その60%ほどがブラジルの領土にあり、400近くの先住民グループを含む数千万人が暮らしている。そこには無数の支流が流れ、地球上のどの河川系よりも多様な魚がすんでいる。

ラゴ・セラードの漁師は、日の出とともにピラルクーを獲りに出る。アマゾンの1100近くのコミュニティがピラルクー保護の取り組みに参加している。(Photograph by Andre Dib)

ピラルクーは、ウロコを持つ淡水魚としては世界最大だ。ピラルクーという名前は、先住民トゥピ族の言葉で「赤い魚」という意味で、実際に尾は赤っぽい。湖や沼に生息し、肉食性で、原始的な肺を使って呼吸をするため、10分から20分ごとに浮上する。

この特性のせいで、ピラルクーは捕獲されやすい。2014年の研究によると、食料としての需要の高まりから乱獲が深刻化し、調査対象となった4つの漁業コミュニティのうち、3つで減少した。それとは別のあるコミュニティでは、ピラルクーが完全に姿を消した。

保護プログラムを導入した場所では、11年間でピラルクーの数が425%増加した。写真はラゴ・セラードの漁師たち。(Photograph by Andre Dib)

この時点で、ブラジル政府はアマゾン全域に大規模な保護区網を設けており、ピラルクー漁が禁止された州もあった。正確に現状を把握するため、湖のピラルクーの生息数を数える手法も編み出された。もとになったのは、海で呼吸するために浮上してきたクジラを調べる手法だ。

しかし、一番うまくピラルクーを数えることができたのは、この魚を熟知している地元の漁師だった。

「経験を積んだ漁師なら、ピラルクーが浮上するほんの一瞬だけで、大きさ、体重、移動方向を判別できます」。米バージニア工科大学地球変動センターの熱帯生態学者であるレアンドロ・カステッロ氏はそう話す。カステッロ氏は、ブラジルのテフェにあるマミラウア研究所と共同で、ピラルクーを数える方法を確立させた。

保護活動成功の秘訣は「持続可能な漁獲」

15年ほど前、カンポス・シルバ氏は鳥について研究していた。その後、アマゾンの生物多様性に関心が向き、サン・ライムンドという町の住民と密接に連携しながら、ジュルア川流域について調査するようになった。さらに、ピラルクー保護区を管理している「カラウアリ地方生産者協会」という団体を支援する活動も行った。

2022年、ブラジルのアマゾナス州にあるカラウアリ水産加工センター。スタッフが持続可能な形で漁獲したピラルクーを加工している。(Photograph by Andre Dib)

サン・ライムンドの人々は、従来の知識と科学的手法を融合させ、自分たちの保護活動を確立させた。「彼らは、漁業が立ちゆかなくなるのをじかに見ていたので、なんとか状況を改善させる方法を見つけたいと必死でした」とカンポス・シルバ氏は言う。

集計したピラルクーの数をもとに、持続可能な漁獲量の上限を設定した。連邦政府も、保護区で体長1.5メートル以上の成魚の30%までの漁獲を許可した。

多くのピラルクーは、雨期で水位が上がり、森に水が入り込むときに産卵する。乾期になって水が引くと、孤立した湖や川に閉じこめられる。ピラルクーを獲れるのは、このときだけだ。

保護の結果はすぐに現れた。ピラルクーの成長速度は非常に速いため、数は急速に回復した。

この手法は、ジュルア川の別のコミュニティでも取り入れられた。カンポス・シルバ氏が驚いたのは、結果として経済的・社会的な利益を生み、地元の人々を潤したことだ。家庭の収入が増えただけでなく、増加した漁業収入が学校、保健所、基本インフラに還元された。「人々は、自然保護によって暮らしが豊かになることに気づいたのです」

このコミュニティ主導の取り組みによって、女性の地位も向上した。女性は、世界の漁業労働力の約半分を占めているにもかかわらず、適切に認識されていなかったり、報酬が得られなかったりすることも少なくない。研究結果から、ブラジルのアマゾン地域の女性たちは、積極的に船上での役割を担い、意志決定プロセスにも関与するようになったことがわかっている。

「私たちの調査によると、アマゾンの漁業で、女性がはじめて自分の収入を得られるようになっています。それが貧困の撲滅に役立っています」

カンポス・シルバ氏は、2018年に「ジュルア協会」を設立した。マナウスを拠点とするこの非営利団体は、生物多様性の保全と地元コミュニティの生活の質の向上を目指している。その後も、ブラジルのその他のアマゾン地域や、同じアマゾン川の支流で多くの先住民が暮らすペルーのウカヤリ川流域に、活動の幅を広げている。

さらに、カンポス・シルバ氏をはじめとする科学者たちは、ピラルクーの移動、生態、集団動態を解明するために、発信機を付けて追跡するなどの調査を続けている。その結果、1平方キロメートルの氾濫原に30匹以上のピラルクーがいれば、健全な生態系が維持されることなどがわかった。

ガイアナのピラルクーは10倍以上に

米ニューヨーク州立大学の水産学教授であるドナルド・スチュワート氏によると、地域に根ざした保護活動がさらにすばらしい成果を上げている場所がある。南米のガイアナでは、2000年以降でピラルクーの数が10倍以上に増えた。

ただし、アマゾンには管理が行き届いていない場所もあり、ピラルクーが完全に姿を消したところもあるとみられる。「数を把握できていないところも、部外者から魚を守ることができていないところもたくさんあります」

スチュワート氏は、ピラルクーは地球最大の淡水魚だろうと考えている。ガイアナのエセキボ川にすむピラルクーのウロコの成長輪を調べたところ、ブラジル中部のピラルクーよりも大きくなる可能性があることがわかったという。スチュワート氏の研究によれば、ピラルクーにはほかにいくつかの種があり、その一部は絶滅の危機に瀕している可能性がある。

ブラジルでピラルクーが自由に移動すると、病気が広まったり、異なる種の間で遺伝子が混じり合ったりする可能性がある。このあたりの影響については、まだ十分に研究が行われていない。

米ネバダ大学リノ校の生物学教授で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるゼブ・ホーガン氏によれば、ピラルクーの保護手法は、絶滅に瀕している世界中の巨大魚を守り、管理するためのモデルになる。

「世界的な傾向として、巨大淡水生物は著しく減っています。この憂鬱な状況に逆行しているのが、ピラルクーの保護の成功です。この貴重な事例を、世界のさまざまな場所に広げていけるはずです」

この記事は、ナショナル ジオグラフィック協会とロレックスによる「パーペチュアル プラネット アマゾン エクスペディション」の活動報告です。

文=Stefan Lovgren/写真=Andre Dib/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年10月9日公開)

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