中国の電気自動車(EV)販売が思わぬ展開を見せている。中国内陸部の四川省成都市の中心部からクルマで30分。オフィスビルが立ち並ぶエリア近くにある商業ビルに足を踏み入れると、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)がズラリと並べられた光景が広がっていた。

中国の大手や新興に加え、ドイツ勢の自動車も多く、日本勢ではホンダのEVが展示されていた。1万3000平方メートルの広大なフロアに並べられた数は、約50の自動車ブランド、100車種近くに上る。

最新車種が一堂に会するショールームがオープンしたのは2024年8月。運営を主導するのは、不動産業者でも自動車業界団体でもない。車載電池を手掛ける中国の寧徳時代新能源科技(CATL)だ。

同社は言わずと知れた車載電池の世界最大手。調査会社である韓国SNEリサーチによると、23年における市場シェアは36.8%とトップを誇る。商業施設の1階には「寧徳時代」の文字が大々的に躍り、成都の空港にも巨大な広告が掲げられている。

商業施設の1階には「寧徳時代」の文字が大々的に躍る

ショールームで扱うのは、CATL製の電池を搭載したEVやPHVのみだ。CATLのスタッフが常駐しており、消費者の嗜好や生活習慣などから最適な車を提案する。「直接販売はしないが、自動車メーカーのディーラーにつなぐことは多い」と常駐スタッフは話す。「週末には1000人近くが来場する」(同)と言い、評判は上々のようだ。

車載電池最大手の中国CATLは8月、四川省成都市にEVなど新エネルギー車のショールームを開設した

当然、電池を内製する中国比亜迪(BYD)や、CATL以外からの電池調達をメインに据える自動車メーカーのEVなどは見られない。日本でいえば、パナソニックホールディングスが巨大な自動車展示場を開設するような特殊な状況だ。

ショールーム内にはCATL製電池の供給企業や自社の電池技術を紹介する展示もあった

中国EVは1桁成長に

本来「黒子」の存在であるCATLが、なぜ最終製品であるEVをアピールするのか。それは、EV販売が伸び悩んでいるからだ。中国汽車工業協会によると、24年1〜8月期のEVなど新エネルギー車の販売台数は703万台と前年同期比31%増にとどまった。ほぼ倍増した22年、38%増の23年と比べても拡大ペースは減速しつつある。

さらに新エネルギー車のけん引役はEVではなくPHVであることが分かる。24年1〜8月期のPHVの販売台数は281万台と、前年同期比で84%増えた。これに対してEVの販売台数は421万台だが、その伸び率は9.7%と1桁台にまで落ち込んでいる。7月の販売台数の伸び率は前年同月比わずか2.6%にとどまるなど、前年割れの月が続く可能性すら出ている。

都市部ではEVの普及が一巡しており、地方では充電設備の少なさなどの課題もあり販売が伸びていない。エンジンを搭載し「電池切れ」を心配しなくて済むPHVへの安心感が中国の消費者の支持を集めつつある。

メーカーもEVからPHVへ経営資源をシフトしている。新エネルギー車最大手のBYDは今年5月以降、フル充電かつガソリンを満タンにしたときの航続距離2100キロメートルを達成した独自技術を搭載しながら10万元(約200万円)を切るようなPHVを矢継ぎ早に市場投入。8月には、販売台数でPHVがEVを大きく上回っており、燃費性能と低価格を武器にシェアを拡大している。

BYDは24年に入り、PHVの拡販を積極的に推進する

EVを主力に据えるライバル各社にとっては、BYDの高コスパPHVに対抗するのが困難で、価格を引き下げざるを得ない状況だ。

世界がEV過剰生産に制裁

中国EVは内憂外患の状況にある。ここ数年拡大してきたEVの輸出に包囲網が敷かれつつある。

欧州連合(EU)は24年7月から輸入関税を段階的に引き上げた。EUは中国政府の補助金によって過剰生産された中国製EVが欧州市場に流れてきていることを問題視している。

EUだけではない。米国は9月27日から中国からの輸入品に対する制裁関税としてEVにはこれまでの4倍となる100%を課した。カナダも10月から米国に足並みをそろえて中国製EVへの関税を6.1%から一気に100%に引き上げた。

中国国内市場に急ブレーキがかかるなか、EVなど新エネルギー車の海外輸出は各社にとって生命線だ。23年の輸出台数は前年比で77%増加の120万台で、そのうち110万台がEVだった。とりわけ欧州は23年に中国製EVの輸出の4割を占めており、EUの関税引き上げは大きな痛手となる。

「中国製EVの過剰生産には根拠がない」。中国外務省によると、中国の李強首相は、9月に訪中したスペインのサンチェス首相に自国の正当性を訴えたという。

中国政府はEUやカナダの関税引き上げに激しく抗議。EUとカナダのそれぞれに対しては世界貿易機関(WTO)に提訴し、米国に対しても対抗措置を示唆している。中国汽車工業協会によると、24年7月のEV輸出台数は7.7万台と前年同月比で16.7%減少した。8月は再び増加に転じたが、EUの関税引き上げの影響は出始めている。

西側諸国や地域の中国製EVへの追加関税が課せられたままであれば、中国国内での価格競争が泥沼化しかねない。

中国国内を含め、世界中で逆風が吹くEV。日本や米国でのハイブリッド車人気もあり、世界で「EVバブル崩壊」の雰囲気さえ漂う。

だが今、中国車メーカーの開発現場は意気消沈するどころか、むしろ熱気に満ちあふれている。世界の自動車産業の覇権争いにおいて、中国EVの攻勢は序章に過ぎない。「SDV」と呼ぶ次世代車が競争の軸になると見ており、そこに経営資源を集中投下しているのだ。

小米、ソフト開発に全力投球

SDVは「ソフトウエア・デファインド・ビークル(ソフトウエア定義車両)」の略で、ソフトウエアによって自動運転や車内のエンターテインメントのような様々な機能がアップデートされる自動車を指す。スマートフォンのようにハードウエア(車体)だけでなく、サービスで稼ぐビジネスモデルが急拡大する。

ソフトが競争力の源泉となるため、自動車の開発体制そのものが大きく変わりそうだ。中国の新興EVメーカーの多くは、ソフト主体の開発体制を整えている。「部品点数が少ないEVのほうが、基本ソフト(OS)によるハードやソフトの制御が容易になる」(中国のデジタル業界に詳しい、NTTデータ経営研究所の岡野寿彦シニアスペシャリスト)との指摘もある。

実際、EVで先行した中国勢がSDV開発でも先行しつつある。その象徴が鮮烈なEVデビューを飾った中国IT(情報通信)大手の小米(シャオミ)だ。

「人生のすべての成果と名誉をかけて自動車のために戦う」。創業者の雷軍・最高経営責任者(CEO)は21年にEV参入を宣言し、初期投資として100億元、3400人の開発者を投入。わずか3年で小米初のEV「SU7」の発売にこぎ着けた。高級車並みの加速性能と手ごろな価格設定を両立して、3月末の発売から1カ月で7万5000台超の予約が殺到した。

小米のEV「SU7」はソフトの進化を売りに掲げる

そんな雷氏が注力するのが、自社のスマホや家電製品との連携を含めたソフトの進化だ。5月上旬以降、独自OSを矢継ぎ早にアップデートし、駐車の支援システムなどの機能を強化。自動運転分野では24年末までに開発者を1500人に増やして開発を加速する。

自動車の競争軸が自動運転や車内エンタメに軸足を移すなか、中国では百度(バイドゥ)や騰訊控股(テンセント)、華為技術(ファーウェイ)などIT大手が自動車業界へ積極的に参入している。その開発スピードは速く、日系自動車メーカー幹部も「中国のSDVには後れを取っている」と漏らす。

米ボストン・コンサルティング・グループはSDVが生み出す市場価値は30年までに6500億ドル(約93兆円)以上になると予測する。世界の自動車関連市場の15〜20%に相当する市場が生み出されようとしている。EVでソフトの開発体制を整えた中国勢が、次世代車の主戦場であるSDV市場で、一気に覇権を握りかねない。

(日経上海支局 佐伯真也)

[日経ビジネス電子版 2024年10月7日の記事を再構成]

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