海運大手の日本郵船が、船舶を中心に脱炭素化に向けあらゆる手を打っている。アンモニアをはじめとした次世代燃料を動力源にする船の開発に加え、二酸化炭素(CO2)の海上輸送や鉄の再利用にも商機を見いだし、事業化を進める。他社とも連携し、市場創造を狙う。次世代燃料の普及や新技術の開発などの課題を認識しつつ、海運業界で脱炭素化の「流れをつくる『起爆剤』になりたい」と話す曽我貴也社長に、同社が描く計画や取り組みの真意などを聞いた。

そが・たかや 1984年一橋大商卒、日本郵船入社。自動車物流グループ長、常務執行役員、取締役専務執行役員を経て2023年4月現職。北海道出身。64歳

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温暖化ガス削減目標修正

当社は創業以来、社会や人々の生活を豊かにするための価値提供を重視してきた。環境問題への意識が高まりつつある今、脱炭素は次の時代を切り開く価値になると確信している。燃料や設備を脱炭素対応のものに転換しなければならず、そういった対策をコストと見る向きもあるが、当社は将来に向けての投資と捉えている。

投資である以上、具体性や採算性を伴った計画が必要で

ある。その一つが、日本郵船グループ全体のCO2など温暖化ガス(GHG)排出量の削減目標上積みだ。従来は2030年までに30%削減を目指していたが、23年に打ち出した計画では45%削減とした。50年にGHGを実質ゼロにするにはその必要があるとの判断だ。

この野心的な目標を達成するうえでカギになるのが、燃焼してもCO2を出さないアンモニアや水素など次世代燃料。ただしこうした燃料が普及し始めるのは30年代からとされており、足元では別の対策が求められる。

そこで今取り組んでいるのが、植物油や廃食油などが原料のバイオ燃料を、重油に混ぜる使用法だ。原料となる植物が育つ過程でCO2を吸収する。バイオ燃料を使用すれば吸収した分、CO2の実質排出量を抑えられることになる。混合率は24%が主流だ。

船舶でバイオ燃料が本格利用された実績はあまり多くない。当社は24年から自動車船での6カ月にわたる使用試験を実施しているほか、タンカーでも試験を実施している。エンジンへの影響や実際のCO2削減量などを検証しており、近く進捗の報告がある予定だ。安全性や有効性が確認され、必要な量を確保できれば、CO2削減の有効な手段として活用していく。

アンモニアの輸送も

アンモニア燃料船の開発にも力を入れている。8月にはアンモニアを燃料とするタグボートを世界で初めて完成させた。26年にはアンモニアで動く中型のタンカーが竣工する予定で、このタンカーでアンモニアの輸送自体も手掛ける。将来的にアンモニア燃料が普及すれば、関連船の建造コストも下がるとみている。

CO2を回収して貯留する「CCS」への対応にも取り組んでいる。CO2を回収した場所から貯留に適した場所に長距離輸送するには液化CO2輸送船が必要だが、液化CO2は保管が極めて難しい。そこでノルウェーの企業と合弁会社を設立し、適切な管理ができる輸送船を開発している。アンモニアなどの次世代燃料や、回収された液化CO2の輸送という仕事は、化石燃料に代わる次の商機となる。

液化天然ガス(LNG)も脱炭素に貢献する。LNGは石炭や石油と比べ、燃焼時に発生するCO2の量が少ないのが特徴だ。当社は20年に日本初のLNGで動く自動車船を開発したが、その際に電力会社の協力を得てLNG燃料の供給体制も整備した。その後、他の船会社もLNG燃料船に参入し、今では供給網が確立されている。次世代燃料についても同様に、一つの流れを生み出す「起爆剤」になる覚悟で臨んでいきたい。

供給体制の整備課題

一方、アンモニアやバイオ燃料は供給量が少ないという課題がある。特にアンモニアの供給体制は将来どうなるか見えない部分が多い。

ただ、仮に今の計画が先送りになったとしても、対策を用意しているので収益にはさほど影響しないと見ている。例えばアンモニアの普及が当初想定より遅れた場合、新造するアンモニア燃料船を減らし、その分LNG燃料船を増やすなどして調整すればいい。

人材育成にも着手している。既存の燃料とは違う次世代燃料の使用・運搬には、高度かつ専門的な知見が必要だ。当社がフィリピンで運営する商船大学では、既存のカリキュラムに加えこうした技術についても教えている。

日本の脱炭素関連市場にはまだ開拓の余地が十分ある。例えば船のリサイクルだ。寿命がきた船をむやみに廃棄するのではなく、溶かして鉄にし、別の船の建造などに再利用する。既に製造された鉄を再利用するだけなので、鉄鉱石から製鉄する際に発生するCO2もリサイクルなら出ない。船は鉄の塊であり、ビルや機械などから生成した鉄よりも良質という。

ただ現状、大量に外航船をリサイクルしているのはインドやバングラデシュなど世界の中でも一部の地域のみ。日本企業は海外で溶かした鉄を輸入して国内で使っているが、これでは輸送時のCO2やコストが追加的に発生してしまう。そこで当社は24年9月、国内での船舶解体と材料再利用の事業化に向けた検討を進めることで、愛媛県の企業と合意した。

脱炭素分野ではあらゆる産業、企業間での連携が可能だと思っている。各社が個別で取り組んでいることも、どこか他社の事業などと組み合わせれば、より持続可能なものになるかもしれない。これからもともに脱炭素に取り組んでもらえる仲間を増やしていきたい。

日本郵船はアンモニアを燃料とするタグボートを世界で初めて完成させた=日本郵船提供

省エネ船、移行期のつなぎ役に


 海運のGHG排出量削減のカギを握る次世代燃料の普及には、生産体制や供給網構築などに課題があり、時間がかかる。その間の「つなぎ役」として期待されるのが省エネ船だ。
 なかでも官民挙げて開発が進むのが連携型省エネ船。荷主や海運会社、実際に船の操縦にあたる乗組員を雇用する船主らが連携して開発する。船主が議論に加わることで、より効果的な省エネ機能を搭載できるメリットがある。2023年5月に第1号が竣工。国土交通省は通常の船と比べ、約18〜20%ほどエネルギーを削減できるとしている。
 国が想定する搭載機能の例としては、人工知能(AI)を使った最適航路の自動選定や、リアルタイムで船の位置を陸上と共有できる最新ソフトなどがある。水の抵抗を極力抑えた船型にしたり、かく乱された水の流れをなるべくまっすぐにするプロペラを取り付けたりすることも可能だ。
 国は船舶への省エネ技術導入にかかるコストのうち、最大半分を上限5億円で補助する制度も設けており、省エネ船の普及を着実に後押しする。
 国交省によると、22年度の日本のCO2排出量のうち、内航海運が占める割合は0.98%。国が掲げる50年までにGHG排出量を実質ゼロにする目標を達成するため、内航海運の30年度のCO2排出量を13年度比約17%削減することを目指している。
 国交省の松本友宏技術企画室長は「それぞれの船が個別に省エネ機能を付けていては(内航海運のCO2排出量削減)目標を達成できない」とし、「高機能化した船をより一体的に開発していく必要がある」と話す。その上で「次世代燃料が使われ始めても当初は価格が高いため、当面は省エネ船への需要があるだろう」(同氏)とみる。
 国連の専門機関、国際海事機関(IMO)は23年の会合で、これまでの目標では50年までに国際海運全体のGHG排出量を08年比で半減させるとしていたのを、50年ごろまでに実質ゼロにすると修正した。世界で高まる排出削減への機運に、国際海運も歩調を合わせた格好だ。
 IMOによると、国際海運のCO2排出量は世界全体の約2%を占める。

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キーワード バイオ燃料

バイオ燃料とは、サトウキビやトウモロコシ、木くずや食品廃棄物、廃食油といったものから作られる燃料。主な原料となる植物が育つ過程でCO2が吸収されるため、燃料として使っても新たにCO2が増えないと見なされることが特徴だ。脱炭素対策の有効な手段の一つとして注目されている。

天候に大きく左右される太陽光発電や風力発電などと比べれば安定的に生産できることも、利点の一つとする見方もある。効率の良い発酵技術や植物の生産技術が、普及を後押しした背景がある。既に自動車や航空機などで使われ始めている。重油などの既存の燃料に一定程度混ぜて使う場合もある。

一方、現状すべての産業で恒常的に大量利用できるほどは供給されておらず、価格も相対的に高くなりがちだ。実際、産業間や企業間でバイオ燃料の争奪戦を懸念する声も聞かれる。

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