中米のマヤ文明のすぐ近くで並行して栄えた謎多きコツマルワパという地域で、たばこを煎じた液体を儀式に使っていた証拠が見つかった。生贄や、沐浴(もくよく)・出産にまつわる儀式だったようだ。
発見された場所は、現在はグアテマラのエル・バウルという遺跡だ。研究者らがコロンブス以前の文明について調査を行った際に、儀式用の品だった陶器製の大型容器のサンプルに、カカオの痕跡が残されていないかを調査した。この容器は古典期後期(紀元650〜950年)のもので、たばこを含め、さまざまな残留物の検査も行われた。
分析の結果が出たとき、チームは驚愕(きょうがく)した。「想定外でした。何かを飲むためにぴったりな円筒形の容器から、ニコチンの痕跡が見つかったのです」と、研究を率いたオスワルド・チンチラ・マサリエゴス氏は述べている。論文は2024年3月4日付けで学術誌「Antiquity」に発表された。
神に捧げる危険な儀式
古代メソアメリカでたばこがさまざまな儀式や治療などに使われてきたことは知られているが、これまで物的な証拠はほとんど存在しなかった。
液体たばこの服用は非常に有害で、ときに命にかかわることもある。おそらく、祭典の儀式で幻覚を見たり、トランス状態になって神託を得たりするために使われたのだろう。神に生贄を捧げる儀式で、人間の苦痛を最低限に抑える目的もあったかもしれない。
ニコチンの痕跡が検出された容器は、発汗浴場の近くで発掘された点からも、治療や浄化の儀式に関連する品物だった可能性が考えられている。メソアメリカでは発汗浴は助産の神と関係しており、治療や出産の儀式で利用されていた。
見つかった容器の中には、黒曜石の刃物が入っていたものもあった。へその緒を切るために使われたものかもしれない。
生活に浸透していた「神の食べもの」
ニコチンの痕跡は、2012年にもマヤの容器から見つかっている。
古代マヤでは、たばこはどのように使われていたのだろうか。これまでにわかっていることは、主に絵画や言葉から得られた知識だ。
たとえば、16世紀の資料には、「神の食べもの」という意味の「teotlaqualli」と呼ばれる黒い物質が登場する。これは、動物の毒、たばこ、向精神性の種子で作られ、霊と交信するために使われた。たばこがマヤの日常生活に浸透し、喫煙に使われていたことがわかるが、これも聖典の図画や説明から得られた情報にすぎない。
マサリエゴス氏は、今回の発見がきっかけとなって、メソアメリカでの液体たばこの用途について、さらに研究が進むことを期待している。特に願っているのは、太平洋岸地域についての研究の進展だ。
「有名なマヤの遺跡が注目されるあまり、この地域は見過ごされてきたからです」とマサリエゴス氏は述べている。
文=Anna Thorpe/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年10月16日公開)
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