2024年1月の能登半島地震、8月には内閣府と気象庁が初めて発した南海トラフ地震に関する臨時情報と、地震に関する意識が高まっている昨今、地震の揺れを吸収し建物被害を軽減する免震・制震技術が注目を集めつつある。その中心を担っているのが、日本のタイヤメーカーだ。企業にとっても、災害後、早期に事業が再開できなければ経営への影響が出るだけでなく、レピュテーション(評判)リスクにもつながる。見逃せない課題だ。
24年1月1日、午後4時10分。石川県七尾市にある社会医療法人財団董仙会・恵寿総合病院は、震度6強の激しい揺れに見舞われた。揺れによって産科病棟にある分娩室で水漏れが発生し、使用不可になった。病院の3つある建物のうち、産科病棟を含む2つの建物では医療器具が散乱し、天井が剥がれるなど大きな被害に見舞われた。
そんな状況下で13年に竣工した本館は幸いにも被害を免れた。発災直後、入院患者を本館に移動。分娩室の代わりに本館の手術室を使用することで、地震発生から10時間後の2日午前2時、無事に赤ちゃんが生まれた。
同病院は能登半島の数少ない大規模病院であり、けが人の受け入れなど災害復旧の上で重要な役割を担った。病院の担当者は「本館では飾ってあるお正月の鏡餅の上に乗る干し柿すら落ちなかった。本館が機能していなければと考えると、ぞっとする」と話した。
では、本館と他の建物では何が異なっていたのか。実は13年の建て替えの際、本館の地下には、ブリヂストン製の免震ゴムが設置されていた。同社はタイヤメーカーとして名高いが、免震ゴムにおいても国内で50%超のトップシェアを誇る。同社によれば、能登半島地震の被災地域では病院や行政庁舎、原子力発電所など58件に免震ゴムが設置されていたため、建物被害は全くなかった。
耐震だけでは被害抑えられず
地震の揺れに対する建物の構造面での対策は、一般的に「耐震」「免震」「制震」の3種類に分けられる。
最も耳なじみのある耐震は、建物が倒壊しないよう、壁や柱といった各パーツの強度を高めるものだ。一方で、各パーツにはダメージが蓄積するため、繰り返しの揺れに耐えられなくなる可能性がある。また、建物内の家具や物が倒れることは防げないため、屋内でけがをするリスクは残る。長周期地震動が発生した場合には高層階になるほど大きく揺れてしまう懸念もある。
一方、免震とは、地面と建物の間にゴムなどを設置することで、地震の揺れを吸収し、建物の損傷を抑える効果が期待されるものだ。揺れ自体を抑えるため、建物内の家具などの転倒を防ぐことにもつながり、高層階でも揺れが大きくなることはない。ただ設置費用が高額になるため、病院や商業施設といった大型の建築物や、近年増加するタワーマンションなど多くの人員を収容する建物での需要が高まっている。
ビジネス向け需要が増加
ブリヂストン製の免震ゴムは、東京駅や三越日本橋本店、都市部のタワーマンションなど大型や高層の建物で導入されている。ただ、同社建築ソリューション事業企画部長の大西伸明氏は「近年は低層階の建物でも、付加価値の高い製品を扱う工場や倉庫といったビジネス向けの需要が伸びている」と話す。
特に成長著しいのが、国内での投資が相次いでいる半導体関連産業向けだ。半導体だけでなく、工場内で取り扱う半導体製造装置などの高付加価値の精密機械を守り、稼働を維持したいというニーズが高いという。同様の理由でデータセンターからの引き合いも強い。
また、物流拠点である倉庫からの人気も高い。顧客から預かった製品が倉庫内で損傷するようなことがあれば、企業の評判を下げることにもつながる。大西氏は「半導体関連の工場や倉庫は必ずと言っていいほど免震ゴムが入っている。中にいる人の命だけではなく、建物内の資産全体を守りたいという意識が高まっている」と話す。
住友ゴムは住宅向けに強み
「ダンロップ」ブランドで知られる住友ゴム工業が力を入れているのが、制震だ。
建物の筋交いなどの部分に地震のエネルギーを吸収するダンパーといった装置を設置し、建物へのダメージを軽減する制震技術。比較的低コストで導入できるため、戸建て住宅での需要が高い。新築だけでなく、リフォームの際に入れることができる制震ダンパーもある。
そして同社は戸建て住宅用の制震ダンパーで国内30%を超えるシェアを握るトップメーカーだ。開発の契機となったのは、1995年の阪神大震災。主力工場だった神戸工場が全壊したことだ。
「会社として、この地震に何も手を打つことができなかった。無力さを感じた」。ダンパーの開発、製造、販売の責任を担った同社のハイブリッド事業本部副本部長の松本達治氏は、当時をこう振り返る。
同社が目を付けたのは、木造の小型建造物だ。「地震で倒壊する建物のほとんどが小さく弱い建物。そこを守ることが建物や人を守る上で重要」(松本氏)。独自に開発したゴムを用いたダンパーによって、揺れを最大で95%吸収することを可能にした。
1棟あたり30万円前後の低価格化も実現。新築時だけでなく、リフォーム時に後付けできるダンパーもそろえた。16年の熊本地震の被災地域には132棟、今年の能登半島地震の被災地域では298棟に導入されていたが、大きな損傷は1件も見られなかった。
住宅だけでなく、歴史的建造物での需要も高い。16年の熊本地震での効果は口コミを呼び、同地震で大きな被害を受けた熊本城の天守閣や、東本願寺(京都市)の耐震改修工事でも同社の制震ダンパーが採用された。
知名度の浸透が課題
ブリヂストンの免震ゴム、住友ゴムの制震ダンパー、両者に共通するのは高減衰ゴムと呼ばれるものだ。地震の振動エネルギーを熱エネルギーに変換し吸収する仕組みだ。ゴムは熱伝導しにくく温度が上がりにくい素材ではあるものの、震度7クラスの揺れの場合、制震ダンパーのゴム内部の温度は約5度上昇するという。
いずれもタイヤで培った解析技術や材料技術といったノウハウが生かされている両社の技術。耐用年数は数十年にわたり、震度7クラスの揺れに複数回耐えることができる。地震に対して大きな効果を発揮するが、課題は普及率の低さだ。
国内で新たに建設される建物のうち免震ゴムが採用された建物は1%、新築戸建て住宅における制震ダンパーの設置率は2割程度にとどまるとされる。ユーザー側が耐震との違いを理解しておらず、知名度が低いことが理由にある。「1%を1.5%にすれば、1.5倍の人や資産を守ることにつながる。一般の方に耐震との違いを丁寧に説明し、理解していただくことが最重要課題だ」(ブリヂストンの大西氏)と話す。
地震大国の日本では、いつどこで巨大地震が起こってもおかしくない。命や財産を守るため、タイヤで培った技術は、車だけでなく、縁の下の力持ちとして家や会社でも命を守り続けている。
(日経ビジネス 齋藤徹)
[日経ビジネス電子版 2024年10月9日の記事を再構成]
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