2024年6月3日、国土交通省は「トヨタ、ホンダ、マツダ、スズキ各社から型式指定申請における不正行為が行われていたとの報告があった」と公表。昨年(2023年)末にダイハツ工業の認証不正問題が発覚したことを受けて、国交省が自動車メーカー等85社に対して型式指定申請における不正行為の有無等に関する調査・報告を指示していた結果となる。この大規模な認証不正問題の発覚について、各メディアやSNSで議論が沸騰。中には「認証試験が厳しすぎるのではないか」「実態に即していないのでは」という声もあがっている。こうしたなかで、国の認証制度や安全性能に詳しい自動車ジャーナリストの清水和夫氏が論考を寄せてくれたのでお届けします。

文:清水和夫/写真:トヨタ、国土交通省

■「より厳しい条件」だから「より安全」とはいえない

 不正会見から一夜たって、多くのメディアで「日本の認証試験が厳しい」とか、「実態に合わせて改正すべきでは」という報道が目立ってきた。また、「(法規や実態よりも)厳しい試験だったので安全性は担保されている」とメーカーはいう。しかし本当にそのとおりなのだろうか。

 1997年にNHK出版から『クルマ安全学のすすめ』という本を上梓したとき、メルセデスの事故調査隊に帯同し、徹底的に安全のイロハを学んだ。安全基準はリアルワールドの事故実態に即して決めるべきであると、私の安全の先生だったメルセデス・ベンツのインゴ・カリーナ氏が教えてくれた。やみくもに衝突速度を高めるテストはあまり「利」がない、と。

『クルマ安全学のすすめ』

 実際の事故調査からなぜ受傷したのか分析し、ラボでシミュレーションする。そのPDCAを回すことが重要だと氏は教えてくれた。

 今回の不正問題で、たとえば基準よりも重い1.8tのスレッダーのテストはアメリカ向け要件だが、より厳しいからより安全だと言いたくなるが、(その試験をクリアするために)クルマは重くなり、コストはかさみ、燃費は悪化する。なによりも(より重い)鉄の鎧を着たクルマが走ることになると、(そのクルマに衝突する可能性のある周囲の)小さいクルマは迷惑だ。実際問題、軽カーにとっては硬すぎるクルマにぶつかることになる。

トヨタ自動車の報告の中には、法規では「1100kg±20kg」に定められている後面衝突台車が「1800kg」だった、という不正例があった

 また、「(試験での)衝突速度を高めると安全になる」というのも幻想だ。エアバッグの出力を高めることになるので、実験時よりも低い速度でぶつかったときはエアバッグの副作用で乗員への加害性は厳しくなる。

 つまり、衝突試験の速度はリアルワールドに物差しを当て、死亡重症事故が多いケースに「的」を絞ることが重要となる。実際問題、安全性基準は国連の下部組織である委員会で議論されるが、日本は共同議長国でもある。そのため、日本の事故実態を考慮した日本案も提案している。

 1990年代後半、メルセデスはAクラスやスマートを開発するときに「コンパティビリティ(衝突相手との共存性能)の重要性」に気付いた。小さいクルマはより頑丈に作り、大きいクルマは柔らかく作る。リアルワールドの事故実態を考慮することが大切だと、インゴ・カリーナ氏はいう。「日本は軽カーがあるから、コンパティビリティはもっとも重要な国だよ」と提言してくれた。カリーナ氏がメルセデスを退職したとき、トヨタのアドバイザーを務めていた。

 日本の保安基準は欧州とハーモナイズ(同調)しているので、とりたてて日本の基準だけが厳しいというわけではない。そのうえで、日本も欧州も、政府が市販車両製造と販売の許認可権を持つので、このテストを実施しないかぎり型式認定は得られない。基準は最低限のハードルなので、難しいわけがない。その基準は事故実態から策定されている。

 改めて申し上げておく。

1.「基準よりも厳しい試験」だから「より安全」とは言えない

2.「制度が厳しい」というのなら、日本自動車工業会を通じて提案するべき

3.国連基準調和は各国の相互認証を可能とし、メーカーの負担を軽減している

4.欧州と同じ基準であるのに日本のOEM(自動車製造)メーカーに認証試験不正が多発する原因を考えることが急務

 最後の4つを解くことが、本質ではないだろうか。いろいろな角度から議論し、OEMメーカーと政府が対立しないように、本音で議論するべきだろう。

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