これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、人馬一体の走りをクーペで楽しみたいユーザーの期待に応えた、ロードスタークーペを取り上げる。

文/フォッケウルフ、写真/マツダ

■35年の歴史に燦然と名を刻むライトウェイトクーペ

 2024年5月、ロードスターは誕生から35周年を迎えた。「だれもが、しあわせになる。」という登場時のキャッチコピーの通り、世界中の人々を幸せにしてきた。累計生産台数は、2016年に100万台を超え、現在も「2人乗り小型オープンスポーツカー」として生産累計世界一というギネス記録を更新し続けている。

 35年という長い歴史のなかで、ロードスターは4世代にわたって作り続けられ、そのなかには標準仕様のほか、魅力的なモデルが数多く存在した。2003年に登場した「ロードスター クーペ」も同車の歴史にその名を刻んでいる。

ベーシックタイプのロードスタークーペは、1600SPグレードがベースとなっており、最高出力125psを発生する1.6Lエンジンを搭載

 ロードスタークーペの基本コンセプトは「50年代のちょっとレトロでヒューマンタッチの小粋で魅力的なデザインのスポーツクーペ」で、量産のクルマにはない個性と自由な表現を持ったクルマを提供するという狙いがあった。

 当時の資料を見ると、初代ロードスターが誕生して以来、何度かクーペモデルのリリースを検討されてきたというが、量産モデルとしては価格の整合性がとれないことから商品化が叶わなかった。しかし、極少量生産を前提としたうえで投資のミニマム化を図りつつ、生産ラインとマツダE&T特装工場をミックスした極少量生産に最適な条件が整ったことから、晴れて商品化されることになったわけだ。

■独特のデザインがノスタルジックを感じさせる

 1950年代のスポーツカーを彷彿とさせるクーペフォルムは、ロードスタークーペの最たる特徴と言える。デザインの方向性を決める際には、小粋で魅惑的な造形美を持たせた「ネオノスタルジックデザイン」を演出することを基本とし、その具現化に努めたという。

 具体的にはベースであるロードスターの抑揚あるリアフェンダーの造形を生かしながら、キャビンからリアフェンダーへと流れる流麗なラインは、すべてハンドメイドでモデリングし、当時の最新CAD技術で仕上げられている。

 アンダーボディとフロントまわりはロードスターから流用しながら、リアフェンダー、ルーフおよびトランクリッドは新設するなど、クローズドボディとするために車体構造から見直しを行っている。

 それでも重量アップは約10kgに抑えられ、ライトウェイトスポーツカーであるロードスターが掲げていた「操る楽しさと人馬一体」という根幹は崩すことなかった。むしろ、オープンドライブの解放感と引き換えに、ロードスターと比べて高いボディ剛性が得られたことで走行性能のレベルアップが果たされ、FRスポーツカーとしてよりストイックに走りを楽しむことができた。

最もスポーティなタイプAは、1.8Lエンジン、6速MTを搭載する

■専用エクステリアでグレードごとに独自の世界観をアピール

 月産40台という少量生産だったが、バリエーションは、1.6Lエンジンを搭載した235万円のベーシックモデルのほか、3タイプが設定された。

 まずはイタリアンテイストを表現した「タイプA」で、伝統的なレースカーを想わせるオーセンティックなデザインを構成するエアロパーツなど、ロードスタークーペのフラッグシップモデルらしく、充実したアイテムを備えていた。それだけに価格は310万円と高額だったが、限定200台という希少さも手伝って多くの人を惹きつけた。

 スポーティイメージはそのままに、クラシカルでエレガンスな雰囲気を強調した「タイプE」は、クーペシリーズで唯一4速ATを搭載。こちらは、特別装備としてフロントグリル、フロントフォグランプ、FRP製フロントバンパーフェィス、リアコンビベゼルなどを装着。ワンランク上のラグジュアリーなクーペを演出。車両価格は280万円だった。

 さらに、装備をあえてシンプルな構成としてオーナー独自のカスタマイズを楽しむためのベース車となる「タイプS」を275万円で販売していた。タイプA、タイプE、タイプSはいずれも1.8Lエンジンが登載されており、タイプAとタイプSは6速MTが組み合わされる。ちなみにベース車の1.6Lは5速MTを搭載していた。

1800VSをベースにフロントバンパーを専用デザインとすることで、落ち着きのあるエレガントなスタイルに仕上げたのがタイプE

 ロードスタークーペは、マツダE&Tが得意とする少量生産技術とマツダの量産開発技術の融合が生んだ実験車的なモデルという側面があったことは間違いない。そのチャレンジは、新モデルに匹敵する少量生産車種をミニマムな投資とミニマムな期間で商品化するノウハウの蓄積に大きく貢献し、その後のマツダ車に影響を及ぼした。

 スポーティさとダイナミズムを備えたレトロモダンなテイストと、機能美を追求したスタイリングを具現化したロードスタークーペは、マツダの狙いである「量産のクルマにはない個性と自由な表現」を持ったクルマだったと言っていい。

 人馬一体の走りをクーペで楽しみたいというニーズに応え、ロードスターに新たな魅力を付加したモデルとして35年の歴史を語るうえで忘れてはならない存在と言える。

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