トヨタ自動車豊田章男会長の「今の日本は頑張ろうという気になれない」という発言が話題になっている。メディアの囲み取材で語った発言が切り取られ、拡散したことで、SNSや一部メディアで議論が広がった。そのうちいくつかで「国交省批判、日本批判ではないか」という論調にまで発展しているが、しかし、豊田会長の発言とその文脈を読むと、「メディア」へ向けた言葉であることが分かる(そのメディアが曲解して拡散の一部を担っているのだから目も当てられない…)。トヨタを中心とした自動車産業が日本経済の大黒柱であることは大前提として、この発言はどういう文脈で出てきたものか、真意はどんなところにあるのか、以下、状況の整理と、自動車情報専門メディアとしての見解を記します。

文、写真/ベストカーWeb編集部

■「強いもの」を叩くよりも、「その力をどう使うか」を考えてほしい

 まず簡単に、今回の発言の状況を整理する。

 今回話題となっているトヨタ自動車豊田章男会長の「今の日本は頑張ろうという気になれない」という発言があったのは、2024年7月18日に長野県茅野市にある蓼科山聖光寺で実施された、交通事故死者の慰霊や負傷者の快復を祈願する「夏季大祭」での、メディア向け囲み取材でのことだった。

「聖光寺」は1970年にトヨタグループの発案で交通事故死者の慰霊と安全祈願のために建立されたお寺で、毎年トヨタグループの代表者が夏季大祭に参加している。

豊田章男会長も毎年出席する蓼科山聖光寺の夏季大祭

 なぜこうした背景が重要かというと、(取材に参加したメディア関係者は全員わかっていて、あえて一部しか報じていないが)今回の豊田会長の発言は「交通安全をさらに進めるためには何が必要か」という文脈の延長で出た話である、という点があるから。

 そもそも認証不正問題とは関係がない。

 豊田会長は、「交通事故防止のためには、自動車会社だけ、クルマ側だけでは、出来ることには限界がある。交通安全を推し進め、事故死者ゼロを本気で進めるのであれば、道路インフラ側や歩行者側、自転車や(電動キックボードなどの)新モビリティ側など、社会全体が一体になって進める必要がある」と語った。

「こうした話は、なかなか自動車会社からは言えない。言っても広がらない。我々もがんばりますが、そこは(メディアの)皆さんのお力を借りたい」と、豊田会長は続ける。

 より具体的に言えば、今後50年先を見据えて、本気で自動車事故を減らすために(自動車会社だけでなく)行政や道路整備、自転車、歩行者といった社会全体で手を取り合って「安全」や「モビリティを含む社会のありかた」を考えましょうよと語り、その「社会全体」へ訴える手段のひとつとして、メディア関係者に語ったわけだ。

 そのうえで、この日、豊田会長は当該発言について、実際には以下のように語っている。

「日本のサイレントマジョリティは、日本という国にとって、いま、日本の自動車産業が世界に対して互角以上に戦っていることについて、ものすごく感謝してくれていると思います。

 ところがそれが、日本という国ではすごく伝わりづらいんですね。当たり前になっちゃっているのかもしれない。

 もし日本に自動車産業がなかったら、いまの日本は違ったかたちになってしまうでしょう。それに対して感謝してほしいと言っているわけではありません。ただもうちょっと正しい事実を見て、評価してほしい。

(自動車関連会社が)間違ったことをしていたら怒ればいいと思います。そのうえで、応援していただけるのであれば、応援しているということが、自動車業界の中の人たちにまで届いてくれると、本当にありがたい。

 そうしないと本当に、本当に、みんなこの国を捨てて出て行ってしまいます。出て行ったらこの国は本当に大変ですよ。

 ただ、いまの日本は、ここで踏みとどまって、頑張ろうという気になれないんですよ。

(居並ぶメディア関係者に一瞬目線を送って)

 強いものを叩くことが使命だと思ってらっしゃるかもしれませんが、強いものがいなければ、国というものは成り立ちません。強いものの力をどう使うかということを、しっかり皆さんで考えて、厳しい目で見ていただきたい。強いからズルいことをしているだろう、叩くんだ、というのは、これはちょっとね……、でもそこは自動車業界の声として、ぜひお考えいただきたいと思います。」

 上記の発言をよく読めばわかるとおり、豊田会長は第一にメディアに向けて語っているということがわかる。この点、ベストカーも含む自動車情報専門メディアにも大いに責任があり、耳が痛い。すみませんでした。

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■モビリティの進化に合わせて「基準」や「社会」も進化させられるのか

 前段までの反省を踏まえて、今回の一連の発言と「メディアやSNSでの語られ方」について自動車情報専門メディアとしての見解を述べておきたい。

 今回、朝日新聞が7月18日付けで豊田会長の上記「今の日本は頑張ろうという気になれない」という発言を報じたことで、SNSと一部メディアで大きな話題を呼んだ。

「(2024年6月に発表された)認証不正問題で国交省から処分を受けてトヨタは呆れている」、「そんなに日本が嫌ならとっとと出て行けばいい」、「いや本当にトヨタが日本から出て行ったら日本経済と雇用は大変なことになる」といった議論に発展。

 前段で紹介したとおり、豊田会長自身は、今回の一連の話に「国交省」とは関連させていないし、そもそも認証不正問題についても、発覚当初から「責任は自分にある」と語っている。当然のように厳粛に立入検査と処分を受け入れ、「根絶させるのは無理」と言いながらもグループ全体での情報共有と再発防止に粛々と取り組んでいる。国の認証制度を充分に尊重しているし、「不正は許されない」と何度も何度も語っている。

 ここからは認証不正問題の取材を続けている本企画担当者の所感だが、豊田会長もトヨタ関係者も、「(トヨタは国の認証制度に)呆れている」だとか「怒っている」というような報じられかたを決して望んでいないように感じる(むしろ騒ぎ立てることについて、やや迷惑に感じているフシがある)。

 望んでいるのは対決ではなく協調だ。

長野でメディアの囲み取材に答える豊田会長

 一部では「トヨタは国の基準より厳しい条件で試験していたのに、不正だと騒がれて怒っている」と報じられているが、自動車の衝突安全試験についていえば、大前提の話として「より厳しい条件の試験」をクリアしたからといって「より安全」とは言えない。

 たとえば今回の認証不正問題で取りざたされた「後面衝突試験で、衝突させる台車の重量規定1100kgのところ、1800kgの台車をぶつけていた」という件について。

 1800kgの衝突試験のほうが、1100kgの試験よりも安全かといえば、そんなことはない。自動車の衝突事故には「相手」がいる。1800kgの衝突に耐えるボディ設計は1100kgの衝突に耐えるボディ設計よりも「相手のクルマへの加害性」が大きくなる。衝突安全試験は「自車の安全性」だけを計っているわけではない。

 1800kgの衝突試験と1100kgの衝突試験は、(優劣関係にあるのではなく)それぞれ別の安全基準適合性しか計れない。

 こういった、自車と他車、双方の安全性を高める思想を「コンパティビリティ(衝突相手との共存性能)」という。これは1990年代頃に欧州で提案された概念で、もちろん日本メーカーもその重要性は理解している。トヨタだって当然知っている。

 だからこそ豊田会長もトヨタ関係者も、「いまの国(国交省)の基準は厳しすぎる」などとは言っていないし、思ってもいない。

 では何を考えており、どういう理路で今回のような発言になったか。

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 国の基準は当然守るべきだし、認証不正は許されない。それは大前提としたうえで、「どういう認証制度や基準値がいいか、国だけでなく社会全体で、自動車メーカーとともに、継続的に考えてほしい」ということ、つまり「自動車メーカーだけでなく、社会全体でモビリティ産業をどういう方向へ進ませるべきか考えてほしい」と言いたいのではないか。

「不正があったか、なかったか」、「基準に適合しているか、していないか」というゼロイチの判断だけでなく、「どういう基準がよいか」を考える機会にすべきなのは明らかだし、そのための仕組みを考える必要がある、という話。

 現在、世界の自動車産業は「百年に一度の変革期」を迎えている。

 認証不正問題については、(どちらかといえば自動車メーカー側の事情や状況をよく知り、並走してくれている)国交省所管の分野でこれだけの大騒ぎになってしまった。

 認証検査については今後各社が丁寧に対応するとして、これがこの先、自動運転や新モビリティとの協調、新エネルギーユニットの普及と(たとえばバッテリーの)リサイクルの問題などを考えると、自動車メーカーは新たに経産省、環境省、総務省、警察庁などとそれぞれ話し合い、擦り合わせをして、協調し、新たな制度や基準を作っていく必要がある。

 このような状況で、ひとつひとつ進められるのか。

 たとえば他の先進諸国は、すでに国ぐるみ、官民一体で、モビリティをめぐるルールと環境づくりを推進している。そういう国際環境のなかで、日本政府や日本社会はどこまで「モビリティ社会」をバックアップできるのか。

 こういった話は、豊田会長に付いて取材に回っていると何度も耳にする。特に海外のイベントに参加して現地で熱烈な声援を受け、自動車関連産業への応援の強さに感動するたびに、振り返って「日本政府や日本社会の、日本自動車メーカーへの対応」について懸念が増すという。

 豊田会長が「今の日本は頑張ろうという気になれない」と語った真意は、こうした先々を見据えた議論への期待であり、マスコミ各社や社会全体が「モビリティ社会をどうしたいか」を一緒に考えてほしい、という提案なのだと思う。

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