自身が参戦するモータースポーツのためにチューニングしたクルマ「ワークス」。それを車名にしてしまった軽。それはちょっとしたセンセイションを起こしたモデルでもあった。当時の「軽」、543ccにして64PSを発揮する「アルト・ワークス」の軌跡。

文・画像/いのうえ・こーいち

■アルトの二代目に追加

1987年登場のスズキ アルトワークス。2代目アルトに追加される形でのデビューだった

 そもそものはじまりは「商用車」であった。スズキ・フロンテの商用車版という位置づけで、つまりは「節税」のために生み出された苦肉の作品、というものであったのだ。その分、価格も抑え、だんだん高価格化していった[軽」に歯止めを掛けた。

 この策が功を奏し、1979年に登場した初代アルトは売れに売れたのだった。

 それを受けて1984年にモデルチェンジ。CA71/72系と呼ばれる二代目アルトは六代目のフロンテがCB71/72系だったときのCA71/72V型だから、相変わらずというポジションであった。

 しかし、先の好調を受けて全体的には大いに改良され、商用車というよりグッと乗用車然とするものになっていた。エンジンは全車4ストロークになり、フロントにディスク・ブレーキ装着モデルも加えられていた。

 1986年7月にはマイナーチェンジを受け72系になったのだが、その前年にはアルト累計100万台を達成していた。

 そして、いよいよ1987年2月、「アルト・ワークス」の登場をみる。

■「ワークス」の真価

直列3気筒、インタークーラー付ターボチャージャのエンジンは64PSを発揮。この数字が軽自動車の出力規制値になった

 直列3気筒の4ストローク・エンジンはDOHC12ヴァルヴにインタークーラー付ターボ・チャージャを装着。そのパワーは64PSを発揮、以後、この64PSという数字がしばらく「軽」の規制値になったものだ。

 リッターあたり100PSを軽く超え、117.9PS/Lと、いうなればまったく容赦のないチューニング。まさに「ワークス」というに相応しい数字を引提げての登場であった。クルマ好きが注目しないわけがない。

 「アルト・ワークス」は一挙に3タイプがシリーズで発売になった。「RS-X」とそれのリアのディファレンシャル直前にヴィスカス・カップリングを装着して4WD化した「RS-R」、エアロ・パーツを外して廉価版とした「RS-S」。

 もちろん人気は前二者が中心だったが、あまりに過激な出立ちから、「RS-S」を楽しむ「通」もいたほどだ。

 そうでなくてもボンネット・フード上にはインタークーラーへエアを取入れるための大きなスクープが載っているというのに、前後のバンパーからサイドスカート部分をすっぽりエアロ・パーツで取り囲み、極めつけはリアゲートの一帯だ。

 見たこともないような形のスポイラーといおうか、リア・ウィンドウの周囲をそっくり囲むフレーム状のパーツがゲート上半を覆っている。

 まるで遊び半分に付けられるだけ付けてみました、というような……「だからRS-Sがいいんだよ」という声も頷ける出立ちの「アルト・ワークス」は、だからこそ忘れられないともいえよう。

■ひとつの時代の象徴か

ピンクとブラックの2トーンでまとめた派手なインテリア

 室内も外観に負けてはいなかった。派手なレタリングやストライプの入った白いボディの内側は、色と数字が刺激する。鮮やかこの上ないピンクとブラックのシート、インテリア。

 そこにポジションをとって前を見ると、なんとタコメーターの数字は12000r.p.m.まで刻まれているというのに目を見張らされる。それでいて、スピードメーターは「軽」のリミット、120km/hというオトナの事情によるアンバランスも、ある意味、象徴的なものといえた。

 なによりもこの「アルト・ワークス」が「4」ナンバーの商用車登録されていることには、ひとつの時代だったという思いが拭い得ない。

 わずか1年あまりののち、1988年8月にはアルト全体が第三世代にチェンジ。アルト・ワークスは独立したモデルとなり、デザイン的にも他社と差別化が図られた。そして、1989年には新たな税制導入とともに、アルトにも「5」ナンバーがもたらされるようになったのだった。

【著者について】
いのうえ・こーいち
岡山県生まれ、東京育ち。幼少の頃よりのりものに大きな興味を持ち、鉄道は趣味として楽しみつつ、クルマ雑誌、書籍の制作を中心に執筆活動、撮影活動をつづける。近年は鉄道関係の著作も多く、月刊「鉄道模型趣味」誌ほかに連載中。季刊「自動車趣味人」主宰。日本写真家協会会員(JPS)

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