イタリアを拠点に自動車デザインに携わる企業・人物を紹介する本企画。第10回はGAC(ジーエーシー) R&Dセンター・ヨーロッパを訪問した。中国ブランドである彼らにとって、初のデザイン開発拠点である。彼らが実践する独特のアプローチとは?


■トップは中国人初の元メルセデス・デザイナー

最初に母体である広州汽車集団有限公司(広汽集団もしくはGACグループ)について解説しよう。同社は“中国のデトロイト”広東州広州市に本社を置き、創業は1954年のバス修理工場にさかのぼる。1980年代には合弁会社「広州プジョー」を設立し、ライセンス生産を開始。両社の関係は1997年まで続いた。

今日まで存続している合弁企業としては、ホンダとの「広汽本田汽車」「五羊本田(二輪)」、トヨタとの「広州トヨタ(現・広汽トヨタ)」、そして日野との「広汽日野」がある。

従業員数は約10万人で、香港と上海の証券取引所に上場している。合弁を除くグループ内のブランドは以下3つである。
・GACモーター:完全子会社。?祺(トランプチー)の名称で展開
・GAC埃安(アイオン):2017年創設。環境対策車中心。旧三菱との合弁会社の生産施設を使用。
・昊鉑(ハイプテック):高級スーパーカー

昊鉑(ハイプテック)ハイパーSSR

グループは研究開発施設として2006年に「GAC R&Dセンター」を設立。4300人以上が従事している。デザイン部門のトップであるファン・ツァン氏は、同センターの首脳陣5名のなかで唯一、副社長の地位にある。参考までにツァン氏はGAC入社以前の2003年にメルセデス・ベンツ初の中国人デザイナーとして採用された人物である。

ファン・ツァンGAC R&Dセンター副社長

■著名写真家のスタジオを改装

今回紹介する「GAC R&Dセンター・ヨーロッパ」は、2022年にイタリア・ミラノに開設されたアドバンスト・デザインスタジオである。デザイン拠点としては広州、上海、ロサンゼルスに続くもので、同社にとって欧州初の施設だ。

スタジオがあるトルトーナ地区は、かつてゼネラルエレクトリックも拠点を置き、ミラノ随一の工場街であった。だが、企業の郊外移転や地域工業自体の衰退で、街区の活気は21世紀を待たずに衰えていった。

やがて2000年代に入ると、廃工場や廃屋にクリエイターやアーティストたちがスタジオを構え始めた。そして彼らが、毎年春に開催されるデザインウィークで新作発表の場として用いるようになったことで、街区は次第に復興していった。近年ではウィーク中、大手家具メーカー「イケア」などが臨時パビリオンを展開するまでになっている。そうした文化的雰囲気が評価され、デロイト・トーマツやネスレなど大手企業が新オフィスのロケーションとしてトルトーナを選ぶようになったのも最近の傾向だ。

その名もトルトーナ通り16番に入口を構えるGAC R&Dセンター・ヨーロッパの社屋は、2021年に死去した写真家ジョヴァンニ・ガステルが生前使用していたものだ。遺族からレンタルするにあたっては、スタジオ時代の雰囲気を維持することと、彼の蔵書を保管することが条件として課せられた。それを遵守したうえで、GACのスタッフたちは、カフェ風テイストを加えるという遊びを試みている。

内部ではモデラー3名を含む二十数名が勤務している。国籍はフランス、イタリア、中国などさまざまだ。広州からディレクションを行っているファン副社長は開所時、ミラノを選択した理由を説明している。「デザインはGACグループにとって最も重要な価値のひとつであり、今日市場では顧客にとって重要な意思決定要因です。私たちは動くモノのアイデア、革新、スタイルとデザインの遺産を組み合わせた強力な文化的・創造的アイデンティティから、ミラノを最初の欧州デザインハブとして選択しました」

ミラノのデザインダイレクターを務めているのはステファン・ジャナン氏である。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのマスターコースを修了後ルノーグループに籍を置き、コンセプトカーのエキスパートとして活躍した人物だ。そうした彼の経歴から、GAC R&Dセンター・ヨーロッパにはルノーから移籍した人材が少なくない。

ステファン・ジャナン

スペースの制約上、1:1モデルの製作は行わない。だがトリノ工科大学卒業後イタルデザインを経て、プロジェクト&オペレーションマネジャーとしてGACに加わったガオ・サイ氏は、「イタリア北部にはそれを請け負うサプライヤー企業が充実している」ので、あたかも自社内に施設があるのと同様に円滑なデザイン開発が可能と説明する。

GAC R&Dセンター・ヨーロッパ内のイメージR&Dセンター内R&Dセンター内、カフェを模したスペースR&Dセンター内

■カー・カルチャー・プロジェクト

GAC R&Dセンター・ヨーロッパは、開設以来「カー・カルチャー・プロジェクト」と名付けたコンセプトカーを毎年公開してきた。

第1弾は2022年に披露された『#1バルケッタ』であった。彼らによれば、欧州の自動車文化はきわめて強烈な発想源となり得る。一例が、軽量かつタイムレスなバルケッタ=スパイダーだ。スポーク式を再解釈したホイールや渋いレッドの塗色は、戦前型イタリア車からイマジネーションを得たとスタッフは筆者に説明する。

カー・カルチャー・プロジェクト#1バルケッタカー・カルチャー・プロジェクト#1バルケッタカー・カルチャー・プロジェクト#1バルケッタカー・カルチャー・プロジェクト#1バルケッタ

続く2023年にはスケールモデル『#2 バンライフ』を発表した。参考までに「Van life」というワードは、ノマドライフ志向が強まる近年、欧州でさかんに用いられている。また、Vanと聞いて商用車を想像する人は今や極めて少なく、代わりにレクレーショナルカーの代名詞となっている。

カー・カルチャー・プロジェクト#2バンライフカー・カルチャー・プロジェクト#2バンライフ

コンセプトは、「従来は飛行機旅行だった2000km以上の旅程も陸上移動したくなるEV」である。車中泊を想定した車内は「オルビタール・フレーム」パネルで囲まれている。そこに座席、スクリーン、収納、トレイ、照明さらにはハンモックを、プラグインもしくはアタッチメント方式で自由に配置するアイディアだ。

カー・カルチャー・プロジェクト#2バンライフのオルビタール・フレームカー・カルチャー・プロジェクト#2バンライフのオルビタール・フレーム

3年目の2024年は、一挙3台のスケールモデルを公開した。『#3シティ_ポッド』は、優雅なミラネーゼが用いる街の足だ。最大の特徴はパノラミックグラスで、死角を可能な限り低減するとともにルーミーな室内を実現する。

カー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ポッドカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ポッドカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ポッド

『#3シティ_ボックス』はデリバリー用途のモビリティで、後部にはジッパー付き伸縮式ラゲッジスペースを備える。加えて、操縦デバイスをプラグイン式とすることで、さらなる室内空間の柔軟性を実現している。

カー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ボックスカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ボックスカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ボックス

最後の1台『#3シティ_ラン』は、広州市の東山口(ドンシャンコウ)を拠点とする、流行に敏感な若い中国人ユーザーを想定した2シータースポーツである。ヘッドアップディスプレイとタッチスクリーンの機能をもち、かつ運転席・助手席をまたぐ巨大透過ディスプレイで、独自の拡張現実ドライビング体験を実現する。いっぽう、シートはエアバッグ状とすることで、最大限の軽量化を図る。

カー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ランカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ランカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ラン

なお、#3シリーズ3台には、いずれも「エレクトリック・パワートレイン・モデュール」が組み合わされる。バッテリー交換(スワッピング)方式の次段階を提案するもので、駆動装置の一体化によって最適化・効率化、そして整備のダウンタイムを実現する。

エレクトリック・パワートレイン・モデュールカー・カルチャー・プロジェクト#3シティ_ポッド

なお、#3 シティ_ボックスは、1950年代のマイクロカー「イセッタ」、#3シティ_ポッドはピアッジオ社製3輪トラック『アペ』からインスパイアされたものであるという。他メーカーの車名を公にしているのは、ある意味新鮮だ。

その心は? との筆者の質問に対し、GAC R&Dセンター・ヨーロッパは「両車は、コンパクトで効率的なデザインとモビリティに対する独特のアプローチという観点から、きわめて象徴的な車両です。特徴的で認識可能な美学を維持しながら、機能性を最大限に高めるという重要な哲学を含んでいます。ユーザーエクスペリエンスを最前線に保ちながら、従来のカーデザインを超越して考え、都市モビリティのための創造的ソリューションを探求するよう、私たちにインスピレーションを与えてくれたのです」と説明する。

■開かれたデザイン拠点

あるスタッフは「最大のミッションはGAC車の輸出を見据えて、海外の顧客とより深いアプローチを得る機会をつくること」と語る。「広州、上海、そしてロサンゼルスのスタジオと社内コンペティションが開催された場合、ミラノの強みは何だと思うか」? との質問に、彼らは「ミラノのスタジオは、ヨーロッパの優れたデザインと創造性の豊かな伝統をもたらします。世界で最も影響力のあるデザインの中心地のひとつに位置する当施設は、最新のデザイントレンド、活気に満ちたクリエイティブ・コミュニティ、そして職人技に対する根深い評価にアクセスできます」と力説する。さらに「伝統的なヨーロッパのデザイン感性と現代の先進的な自動車イノベーションを融合させ、独自の優位性を与える能力にあります」と付け加えた。

ディレクターのジャナン氏は開所の際、「GACデザインチームは、ミラノのクリエイティブ・コミュニティで積極的役割を果たし、世界規模で革新的アイデアと実践の交換を促進する」と抱負を表明している。

彼らは毎年、前述のデザインウィーク期間中、スタジオの一部を開放している。2024年は北京・中央美術学院との共同企画として、学生7名による作品展も同時開催した。守秘義務の観点から、とかく閉鎖的になりがちなデザイン拠点にとって、外部と積極的に接する意欲的な取り組みは評価に値する。実践にあたっては、市街地という地の利が作用している。

中央美術学院との共同企画から。ミンソップ・チョン(韓国)による「パヴィリオン」

20世紀イタリアのモダン・デザインを先導した都市、それもクリエイティヴ活動の最先端街区でデザイナーたちが呼吸した成果が、近い将来彼らの量産車に反映される可能性がある。その際イタリア自動車文化を土台に、中国ブランド車として欧米日韓ブランドとは異なるアイデンティティが確立できていれば、この小さなスタジオにとって強固なレゾンデトル(存在価値)となろう。

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