多くの場合、歩行者は交通弱者とされ、対クルマの交通事故においてはクルマの過失は圧倒的に大きくなる。しかし、運転していると「えっ? こんな場合でもクルマが悪いの??」と思えることも。
文/山口卓也、写真/写真AC、イラストAC
■信号のない横断歩道で歩行者がスマホを注視中。こちらが止まっていても渡る気配がない
横断歩道に立つ歩行者を数秒待ったあげく、動かないのを見て「行っていいのかな?」と進行する運転者は多いだろう。
しかし、スマホを見ている歩行者ではなくその後方から別の歩行者が歩いてくる場合や、逆側からの歩行者が歩き始める場合もあり、この場合は「横断歩行者妨害」として取り締まりを受ける可能性が十分にある。
過去には、歩行者に道を譲られたクルマがそのまま進行し、取り締まりを受けた事例がSNSで話題となった。
結果的には警察が違反不成立を認めて横断歩行者妨害撤回となったが、実際の判断は現場の警察官に委ねられ、多くの場合は横断歩行者妨害として取り締まりを受ける場合が多い。
ちなみに筆者は「譲られても譲り返す!」で通しています……。
■横断してはいけない道路を横断してきた歩行者と接触
事故の場合の過失割合は、昼間か夜間か、クルマが直進していたのか右左折中なのかなどによっても異なるが、「歩行者横断禁止」の道路標識などにより横断が禁止されていたとしても、事故が起きた場合の過失割合は歩行者30:クルマ70(交差点や横断歩道付近ではない場合)程度。
これが横断歩道付近だと歩行者40:クルマ60程度と言われており、「歩行者横断禁止の規制がされているじゃないか!」と主張しても、交通弱者の歩行者の過失割合がクルマより多くなることはほぼないように思える。
しかし、近年は信号無視や禁止されているのに斜め横断、横断禁止場所で突如横断するなどの危険な横断を行う歩行者への厳罰化が進んでいるのも事実。
■歩行者とクルマの交通事故では圧倒的にクルマ側の責任が重いが…
「えええ? なんだか理不尽……」と思ったかもしれないが、状況によっては過失割合が大きく変わる場合もある。
●クルマの過失割合が増える要素
1.歩行者が6歳未満の幼児、6歳以上13歳未満の児童、65歳以上の高齢者(判断能力や行動能力の低い者は特に保護する必要があるため)
2.歩行者の集団横断(クルマからの発見が容易であるため)
3.住宅街や商店街(人の横断が激しく、車両は歩行者により注意すべきであるため)
4.酒気帯び運転、ハンドルの著しい操作ミス、居眠り運転、無免許運転などのクルマ側の重い過失
●歩行者の過失割合が増える要素
1.夜間(ヘッドライトにより、歩行者がクルマの存在に気づきやすいため)
2.幹線道路(車両の通行が激しい道幅14m以上の幹線道路は、歩行者側がより横断に注意すべきと考えられるため)
3.歩行者による車両の直前直後横断、特段の事情のない立ち止まりや後退(歩行者によるルール違反や通常と異なる行動には車両側の対応は困難であると考えられるため)
■交通弱者であることが免罪符にはならなかったケースも…
ただし、歩行者も大きな過失を問われることがある。
実例として、2017年に長野県で出された判決では歩行者の過失を10割と判断し、運転者側に過失はないとされたこともある。
夜間、51歳の女性が片側3車線の国道(道路幅30m)の中央分離帯から反対側へと渡ろうとしてクルマから見て右から左へ横断。その横断中に直進してきたクルマと衝突し、女性は外傷性くも膜下出血、外傷性胸部大動脈解離、左脛骨解放骨折などの大けがを負い、115日入院を含む約2年間の治療期間を要した。
歩行者は運転者の任意保険会社を通じた後遺障害の事前認定を受け、治療費などを含めて約1400万円の支払いを保険会社から受けていたが、保険会社の示談交渉で提示された金額に納得のいかなかった歩行者とその家族が裁判を提起。
そのため、運転者側にも弁護士がつき、本件事故を回避することは不可能であったと主張。
そして裁判所は運転者の責任をすべて否定、その判断材料は以下のとおりだった。
●事故現場付近の中央分離帯には高さが1.5ないし3.8mの樹木が立っており、夜間であるために樹木と樹木の間に人が立っていても「人と認識するのは相当困難」であったといえる。
●衝突場所付近には照明灯がなく、対向車線の道路側のガソリンスタンドの明かりで逆光のような状態になる。
●そもそも片側3車線という幅広の国道の中央分離帯に、横断しようとしている歩行者がいると予測することは困難である。
この判決は、運転者の過失をまったく認めなかった非常に珍しい裁判例だが、「歩行者は交通弱者」といっても、交通ルールを守らない横断は大きな過失となりえることは十分理解しておきたい。
そして、我々クルマの運転者は第一に交通法規を守り、安全運転に努めることはもちろんだが、歩行者であっても交通法規を守って自身の命を守ってほしい。
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