奇策を講じたクルマはいろいろあるが、1989年に登場したホンダのインスパイア/ビガーはその際たるもの。なんと直列5気筒をフロントミッドシップに縦置きするという変態的FF車だったのだ!

文/ベストカーWeb編集部、写真/ホンダ

■FFなのに縦置きなんてどうするの?

ホンダ アコード・インスパイア。前よりにある前輪の位置に注目

 1980年代の日本。景気の良さに押されて、人々は「隣の人よりちょっといいクルマ」を求めた。

 そんなニーズに応えるべく各社がさまざまなモデルを投入したが、ホンダは1989年の4代目アコードのファミリーに、ちょっと高級なハードトップセダンを加えた。その名を「アコード・インスパイア/ビガー」という。

 このインスパイア/ビガー、弟分のアコードとはまるで違う。4気筒を横置きするアコードに対しインスパイアは直列5気筒を縦置きにした。しかもエンジン重心を前輪軸の内側に寄せてフロントミッドシップとしたのだ。

 それだけじゃない。ホンダはインスパイア/ビガーで、アコード以上のロングホイールベースを実現したかった。しかし直列5気筒エンジンを縦置きにしておいて、「タイヤを前に出したい」と言ったって理屈が通らない。

 ホンダはどうしたか。なんと一度エンジン後方に出力したパワーをトランスミッションで逆転させ、エンジン下のデフからタイヤに伝える2階建て構造としたのである。写真でみると面白い。ドライブシャフトがエンジンのオイルパン部分から出ているのだ。

■時代の気分を形にしてみせた!

インスパイア/ビガーが積んだ2.5L直列5気筒エンジン。向かって右側横に車輪に繋がるアウトプットが見える

 その結果、インスパイア/ビガーは、2805mmという当時としては画期的なロングホイールベースを実現した。この長さは1985年に発売された初代レジェンド(4ドアで2760mm)を上回るものだ。

 スタイリングも恩恵を受けた。普通FF車といえば、前輪の前にエンジンを抱えるから、フロントオーバーハングが長い格好になる。ところがインスパイア/ビガーは端正な造形とも相まって、まるでFR車のような優雅なプロポーションを実現していたのだ。

 アコード・インスパイア/ビガーは、好調な売り上げを示し、2代目以降はアコードとは独立したモデルとなった(ビガーは改名されてセイバーを名乗った)。

 北米ではアキュラTLとして発売され、ホンダのラグジュアリ―を代表するモデルとなったが、ミニバン、SUVブームに押されて、その存在は徐々に薄くなった。

 近年、日本は景気が持ち直しつつあるというものの、それを実感することは少ない。ホンダのインスパイア/ビガーは、バブルに沸いた日本のイケイケドンドンという価値観を、みごとに体現したクルマだったのかもしれない。

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