ナニワの海コンお姉さん・ゆでさんにも初々しい時代がありました。

 初めて4トン車や大型車に乗ったときのドキドキは今でも忘れられません。そして、横乗りして運転指導してくれた鬼教官のスパルタぶりも忘れられません。

 でもね、今では「パワハラ」に一括りにされてしまうかもしれないけれど、トラックを運転することの責任の重さを教えてくれたのも鬼教官でした。

文/海コンドライバーゆでさん、写真/トラックマガジン「フルロード」編集部
*2013年8月発行「フルロード」第10号より

忘れられない鬼教官の指導

今では海コンを運んでいます

 皆さんは初めて運転した時のことを覚えていますか?

 初めての4トン車、初めての大型車、運転席に座ってサイドミラーを見たら、その長さや車高の高さにドキドキしませんでした? そして同乗してもらう先輩にドキドキしながら「よろしくお願いします」とご挨拶。

 エンジンをかけて音を聞いて興奮! さらに排気の匂いにそそられて「よっしゃ~!」と気合が入り、鼻息も荒く走り出す。今となっては懐かしいですね、ホント……。

 懐かしさと共に蘇る記憶は楽しかった思い出ばかりじゃありません(汗)。叱られたり、へこむ思い出も中には入っていたりします。そう。ホラーな思い出も……。

 現在海上コンテナの仕事をしている私ですが、その前は関西~関東の長距離でガラス製品の配送をしていた時期がありました。ガラス製品を扱う前に別の人に海コンを教わり、その時にトレーラの運転はできていたものの、重量物を扱うのはこれが初めてです。

 荷扱いは4トン車以来のことでしたし、スタンション・レバーブロック・胴巻き……、初めて覚える作業も多く、これが今まで経験した作業とは別格でした。その仕事を教えてくれることになったのがYさん。荷扱いのスペシャリストと思えるほどの教官でした。荷扱いだけじゃなく、暴言もスペシャルですが……(汗)。

 Yさんの経歴を簡単に説明しますと、生コン・ダンプ以外の運転は全部やったんじゃないの? ってくらいの職歴の持ち主で、観光バスの運転手をしていたこともあります。これほど運転のうまい人とはまだ遭遇したことがないほどの人物です。

 幸か不幸かその教官に重量物の荷扱い指導を受けることになりました。温かい罵声と共に。「しばくぞ!!」と……。

歌の文句じゃないけれど「命預けます~」

運転するときは真剣そのもの、鬼教官の指導の賜物

 まず私の運転診断です。鍵を差し出して「預けたで!」とおっしゃる教官。軽く「はい」と受け取った私に、「この鍵と一緒に命も預かるんやで! わかってんな?」とホラーな一言。

 続けて教官が、「俺の命だけとちゃうで! 俺の家族やゆでんちの家族の命も預かってるって思いや! 俺らがケガでもして働かれへんようになったら、家族も食っていかれへんねんで!」。

 ホントだ。運転は簡単だけど、とても責任重大なことなんだ。目から鱗な言葉でしたが、意気揚々と乗り込んでいざ走り出すって時に言われると……、凍りつく(汗)。プレッシャーでガチガチになりながら座っている私の横で「ほな行こか♪」と、にこやかに助手席に座る教官がいた。

 運転席に真っ直ぐに座り、ハンドルにハの字型に手を添えて、初めてクルマを運転するかのような緊張感の中、走り出しました。

 少しすると、「いつもそないやって運転してんの?」。緊張から多少の違いはあっただろうけど、なんのことかわからず、「いつもこんな感じです」と答えたら、「直線はハンドルを片手で持って運転せぇ」。……両手でハンドルを握ると、右に左に引っ張り合いするので蛇行するからって理由でした。

 で、教官の言う通り左でハンドルを持ち、右は窓のほうにヒジを置くんですが……、悲しいかな腕が足りません(短)。ヒジを置こうとすると体が斜めになります。とても安全運転しているようには見えないし、なんだったらとても横着な態度に見えます。

 仕方ないので右手でハンドルを持ち、左手はシートについている肘置きに置いて運転するんですが、これもギヤを変える時に肘が当たって邪魔になるんです。

 歳とともにオッサン化してきた私も、体はやはり女性です。トラックの仕様は男性向きでワイドな造りなのです。それで、左手は膝に置いていたりするんですが、気が付くとハンドルに寄り添っている。

 それを何度も「ほらまた! しばくぞ!!」と指摘されます。「俺が横に乗っている間に、ゆでの運転の癖なおしたる!」と教官。「お願いします」と答えたけれど、私は背中に変な汗をかいていた。油断しているといつ「しばくぞ!」と激励されるかわかりませんから……。

荷積み荷降ろしも「身体で覚えていき」

海コンは荷積み荷降ろしはないけれど……

 そんなこんなで1軒目の工場に到着。ここで荷降ろしするんですが、複雑なワイヤーがけに何丁ものレバーブロック、どこから手を付けていいのかわからないため、教官の動きそのものを観察。

 1回目は「そばで見といたらええ」と言ってくれたんですが……、なんせドSな教官です。きっと2回目には「やってみろ」と言うはず。なのでメモを取っていたんですね。動きながらのメモだったし、図にして描いていたのでものすごく乱雑でしたが、

 私なりの覚え書きです。もちろん見る人によっては落書きと評価され、教官には「ようわからん……」と絶句を頂戴しましたが(涙)。

 2回目以降は荷積み荷降ろしに強制参加です。「メモもええけどな身体で覚えていき」この言葉、一見優しく見守ってやる的に聞こえますが、「身体で覚えさせたら~」との含みがタップリの言葉です。なんせドSの鬼の教官なんで。

 荷扱いは天井クレーンを操る人との連携プレーです。なんと言いますか、身体で覚える隙もないって感じでして、テキパキと作業をこなす教官の横で私は放置プレーを喰らうことになります。

 何から始めていいのかわからない上に、「何ボンヤリ突っ立っとんねん」といつキックで愛情表現されるかわからない。そんな恐怖の中、私にできることと言えば教官がやっている作業の次の段階の作業をチマチマとやるくらいです。

 それでも私の動きは俊敏でしたよ。邪魔にならないように教官を避けるのに……(笑)。もしもぶつかったりしたら、首にワイヤーかけられて吊るされる可能性大ですもの。

 ま、セットが完了してから「オマエしばくぞ! いつまでもツーマンちゃうんやぞ! 覚える気あるんか~!」との言葉攻めをくらいます。

 「いえ、教官! 覚えたい気持ちは山々ですが、忍者並に動く教官のそばでは、誰も入る隙なんてありませんから」なんて言い訳をすることもできず、コンコンと説教されたのは言うまでもありません。

 鬼教官とのツーマンの期限は3航海。ようやく作業の流れをつかんだ最終日のこと。横浜から大阪へと向かう車内でおもむろにベッドに座り込む教官。「今日はここで見といたる!」ツーマン最後の運行ということもあり、教官の指導っぷりもさらに拍車がかかりました。その場所、いつでも手が届く位置ですよね。

 ということは、いつでも首を絞められる距離。最後の最後にこんな指導が待っているなんて……。「しばいたろかゴルァ!」の言葉を聞きなれた私でも、さすがに逃げ出したい心境です。

 シートの背後から「この道路は90で行け」「ここは80や!」と指令が入ります。この指令は渋滞でもなければ絶対服従のいわば命令です。例えば1km/hオーバーしてもダウンしても、教官の言葉の鉄拳が入ります。

 発進も停止も静かにスムーズでなければいけません。水の入ったコップが置いてあっても、こぼれないような運転をしなければいけない。「足首利かさんかい! しばくぞ!」ってな具合です。

 「俺の弟子やねんから、後で皆に笑われるような仕事すんなよ!」と、運転も作業もキッチリ丁寧な教官の指導も、大阪に近づくにつれて終わりを迎えようとしている頃、「1週間やったけどよう頑張ったなぁ。せめて1カ月あったらもっとキッチリ教えられたんやけどなぁ」。

 1カ月? 1カ月もこんなホラーな環境にいたら、私は間違いなくゾンビになっているでしょう。「はい。ありがとうございました。あとは一人でやって、体で覚えていくだけです。頑張ります」。

 いえ、一人で頑張らせて下さいとの懇願にも似ていたかもしれません。無事に車庫に戻ってきた時は心底ホッとしたのを覚えています。ま、無事故でホッとしたのか、教官との別れにホッとしたのかは言えませんけどね(笑)。

 なんだかんだとホラーな出来事を書きましたが、現在教官は別の会社で海上コンテナの仕事をし、私が今の会社に就職することが決まった時は居酒屋でお祝いしてくれたりして、仕事以外ではホントに優しい教官です。今でも友好関係は続いています。いえ……、師弟関係ですかね(笑)。

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