ファッションやインテリアと同じように、ライフスタイルや個性を映すものとしてキッチンを重視する人が増えてきた。フェンディなどファッションブランドもキッチンを発表する時代だ。
この傾向は最先端のキッチンが一堂に会する「ユーロ・クッチーナ」でも見られた。ユーロ・クッチーナはイタリアのミラノで毎年開催する「サローネ国際家具見本市」で2年に1度開かれる。期間中は「ミラノ・デザインウイーク」の名で市内各所にも展示会場が設けられる。ファッションブランドとのコラボレーションなど多種多様なキッチンが並ぶ中でも確たる存在感を示していたのが、長くこの分野をけん引してきたドイツのメーカーだ。
ドイツのキッチンは機能性に定評がある。「長く使えてパーツ交換などアフターケアも充実したブルトハウプを、イタリア人はドイツ車を選ぶように選びます」。ミラノの同社代理店で勤務するインテリアデザイナー、アリス・ロンゴニさんは話す。同じくドイツのノルテは「サローネではアジアや米国のお客様に商品を見ていただける」と話す。
ノルテの本社はノルトライン・ウェストファーレン州レーネにある。この辺りにはミーレやノビリア、ポーゲンポールなど多くのメーカーの拠点が集まる。戦前からの工場集積地で、木製家具などを生産していた。戦後の住宅建設ラッシュの中で、彼らが次々とキッチンをつくり始めたという。
各社が今に至るまで手がけてきたのは、調理機器や収納などが一体的に組み込まれた「ビルトインキッチン」だ。日本ではシステムキッチンと呼ばれる。このキッチンのお手本も実はドイツ生まれ。フランクフルトの公営集合住宅向けに1920年代後半につくられた「フランクフルト・キッチン」だ。オーストリア人女性建築家マルガレーテ・シュッテ・リホツキーが考案した。
集合住宅は建築家エルンスト・マイの「新しいフランクフルト」という都市計画のもと、約1万2千戸が郊外ニダー川沿いに造られた。住居と庭はバウハウスのような、装飾をそぎ落としたモダニズム建築を貫いている。第1次世界大戦が勃発して女性も外で働くようになり、家事の合理化を重視したキッチンがつくられた。
従来のキッチンは大きな部屋にたくさんの料理道具があり、料理と食事の場所も一緒のことが多かった。一方のフランクフルト・キッチンは7平方メートル前後の空間に収納の扉がびっしりと並ぶ。食器、食材とすべてが扉の向こうに収納され、数歩で手が届く。折り畳みのアイロン台や引き出せる作業用テーブルまであり、合理的でコンパクトだ。
集合住宅の1軒が「エルンスト・マイ・ハウス」というミュージアムとなっており、オリジナルに近い状態に修復されたキッチンを見ることができる。
運営するエルンスト・マイ協会は美術史家や建築家など約300人から成り、保存や修復も自ら手がける。建築から時代を経た80年代には、キッチンは設備更新に伴い廃棄されることも多かったという。協会は撤去予定の現場を訪れて棚、引き出し、ネジや金具などのパーツを集め続け、市内の大きな倉庫で保管してきた。今ではモダンキッチンのアイコンとして各国のミュージアムも収蔵し、1セットで5万ユーロほどの値がつく。2022年にはパリのポンピドゥーセンターが購入した。
協会代表のペーター・パウル・シェップさんはエンジニアを定年退職後に活動に参画している。「1920年代のキッチンは色の選択肢も豊富で、個人の趣味が反映されていたんですよ」とシェップさん。フランクフルト・キッチンは「女性の社会進出だけでなく、選択の自由も象徴しているのです」。
ドイツのメーカーはその後も「機能的なキッチン」の遺伝子を受け継ぎつつ切磋琢磨(せっさたくま)し、様々な選択肢を世に送り出してきた。例えばオーブンなど高級調理家電で有名なミーレは、どのメーカーのどんなキッチンにも組み込みやすいデザインの商品をそろえる。
24年のミラノサローネでは人気シリーズ「アートライン」が並んだ。扉のハンドルをなくし、押すと開くようにしたすっきりしたデザインだ。そんなミーレも「20年ほど前まではキッチンをつくっていました」とデザイン部門副責任者のイェンツ・コイネケさん。他社のキッチンにも入れてもらいやすいよう、家電の生産に絞り込んだという。
「今年のトレンドは家族も友達も、みんなで囲めるようなキッチンでしょう」とコイネケさん。代表格はブルトハウプだという。収納家具の側面もあるビルトインキッチンは、リビングの収納などと統一感を持たせることで「見せるキッチン」にも仕立てやすい。
リモートワークが普及し、キッチンで過ごす時間も増えた。キッチンはますます住まいの中心になっている。フランクフルト・キッチンが生まれてほぼ100年。ドイツのキッチンはかたちを変えながら進化し続けている。
ライター 浦江由美子
[NIKKEI The STYLE 2024年7月28日付]
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