満開の桜の奥、かなたの空で白いウサギが春の訪れを告げていた。
福島市の西にそびえる吾妻小富士は約5千年前の噴火で形成された標高1707メートルの火山。毎年4月上旬、雪解けが進むと、東側斜面の雪がウサギの形に残る。その大きさは顔から尻尾まで約340メートル、耳から鼻まで約250メートルにも及ぶ。
地元の人たちが、昔からその出現を合図に、稲の種をまき、田畑を耕し、孵化(ふか)した蚕を飼育場に移していたことから「種まき兎(うさぎ)」と呼ばれ親しまれている。現在も山麓では、養蚕農家は減ったものの、花や果物が栽培されている。
雪解けの時期に現れる吾妻小富士の「種まき兎」 =13日、福島市(斉藤佳憲撮影)
農家の渡辺長一(ちょういち)さん(75)は「毎年、〝ウサギ〟を見て、田んぼに種をまき、ビニールハウスで越冬した菊を畑に植える作業に取り掛かる」と話す。
市内の一角には「種まき兎伝説発祥の地」と刻まれた記念碑が建っている。傍らの看板に記された伝説は、次のようなものだ。
昔、山の奥で小さな田畑を耕して暮らしていた孤児がウサギを拾ってかわいがっていた。日照りによる不作に苦しんでいたある時、ウサギがトビにさらわれてしまう。飛んだ先を見ると、山腹に雪の跡に姿を変えて現れたので、山の神になったと思った孤児は拝んだ。すると、家の前に水がコンコンと湧き、万年豊作が訪れた-。
見上げると、春の空がウサギの姿をはるか昔のものであるかのようにかすませていた。今も時代を超えて恩返ししてくれているのだろうか。立った耳がこちらを向いているような気がした。
(写真報道局 斉藤佳憲)
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