「パパってさ、最近何かにおうよね?」「うん…、たしかに」
妻と小学生の息子の会話がかすかにリビングから聞こえてきた。どうやら、私の体がにおうらしい。40歳を超えたおじさんなら当たり前の話だし、ショックを受けるのが普通だろう。だが、私はベッドの中で静かにガッツポーズをした。
実は私は心身を痛めて10年以上長い自宅療養生活が続き、ほとんど寝たきり状態の日々だったからだ。思うように動くことができなかった私は、食も細く、体は無臭に近かった。
しかし、転機は訪れた。膠着(こうちゃく)状態だった病状が徐々に回復の兆しを見せるようになったのだ。だんだん起き上がれるようになり、やがて室内を動けるようになっていった。今では食欲もだいぶ戻り、近所に散歩に出てはじんわり汗もかくようになってきていた。
妻と息子は私に聞こえないよう小声で話していたが、私には〝におう〟ということ自体が、順調に回復している証しだと感じられて心底うれしかった。
その夜、お風呂の前に一日着ていた自分のTシャツを思い切り嗅いでみた。うわぁ、ホントだ。におうというか、クサい!
「今日は、クサい記念日だな」。私は思わず声を出して一人で笑った。
森惇(41) 千葉県松戸市
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