人付き合いのしがらみで、身内にも同僚にも話しにくいような悩みというのは世に尽きないものだ。

そういった悩みを抱えたとき、筆者は何故かふと新しい店に行きたくなり、美味そうな店に当たりをつけて一人でふらっと入る。店の大将や、その日たまたま居合わせた同好の士と酒を酌み交わしながら喋るうち、ふっと心が軽くなることがある。

いつもの面子でなくとも、いやむしろないからこそ腸に重くのしかかっていた悩みが口からすっと溶けるように出て行く。美味しい酒と肴はまるで舌の潤滑油にでもなったかのように、悩みを吐き出すことを助けてくれるのだ。

さて、今回紹介する「よりみち酒場 灯火亭」も、そんな悩みを解決してくれそうな店を描いている。

渋谷駅から二駅の飲み屋街、その横道の一番奥にある『灯火亭』は、店の扉を開けた瞬間に、日本人なら覚えのあるあの良い出汁の香りが漂ってくる和風の居酒屋だ。店主であるユウの人柄もあり、常連達とたまにくる新顔との憩いの場となっている。

そういった店を軸に展開される話ということもあり、作中には多くの食べてみたいメニューが並ぶ。是非こういった店で一杯やりたいものだが、その中でも砂肝をネギと青唐辛子で和え、山椒を加えたお通しは非常に魅力的に映る。お通しは店の挨拶代わりとも言われるが、こういった一品が出て来るだけでその後の料理にも期待できるものだ。

いつもの店で一杯やるのも良いが、たまには新しい店にふらっと入るのも悪くない。そして、その店が新しい居場所の一つになるのも。(将棋棋士 糸谷哲郎八段)

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