彫刻のような「ヘッドピース」で多くのファッションデザイナーに愛された(写真はシャネルのショーで使われたもの)

加茂克也氏(1965〜2020年)はシャネルやフェンディ、ジュンヤ ワタナベなどのコレクションで活躍したヘアメーキャップアーティストだ。彼が手掛けた頭部の装飾物「ヘッドピース」はまるで彫刻のよう。デザイナーが目指すスタイルを完成させるのに欠かせないパーツだった。創作を振り返る展覧会「KAMO HEAD」が9月23日まで、香川県の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開かれている。

「もう加茂さんとショーをつくることができないんだなって改めて実感する」。6月末、パリコレクションにも参加するブランド「アンリアレイジ」のデザイナー、森永邦彦さんはさみしそうに口にした。展覧会のオープニングで加茂氏のヘッドピースを使ったファッションショーを開くため、東京から美術館に駆けつけていた。

加茂氏のヘッドピースを使った「アンリアレイジ」のショー

頭から顔にかけてシャンデリアのように飾りがぶら下がったり、顔全面を布で覆ったり。過去に実際に使った加茂氏のヘッドピースを装着したモデルが美術館に設けられたランウエーを歩く。「加茂さんは生き物の美しさというようなものを俯瞰(ふかん)して見ていたんじゃないだろうか。いつも見たこともないものが舞い降りてきたような感動を与える。このヘッドピースがあって初めて、アンリアレイジのショーは完成していた」(森永さん)

ヘアメーキャップアーティストの加茂克也氏。2020年に早世した

加茂氏は美容専門学校卒業後、1988年にヘアサロン「モッズ・ヘア」に所属。90年に渡仏し、96年からパリコレでジュンヤ ワタナベやアンダーカバーのショーを担当した。2003年にファッションデザイナー以外では初めて「毎日ファッション大賞」を受賞。ファッション界で優れた業績をあげた人に贈られる賞で、歴代受賞者には川久保玲さんらの名前が並ぶ。その後はシャネルのオートクチュールを手掛けたり、国内外のファッション誌を担当したりした。20年、病気のため死去した。

展覧会に出展されているヘッドピースは約200点。紙で花や植物の形を作り上げたり、鳥の羽が幾重にも組み合わされていたり、あるいは細く編んだ髪で冠を作ったり。「髪形を整える」ことが狭義のヘアメークだとするならば、その枠を大きく超えた独創性あふれる仕事が並ぶ。

鳥の羽や植物を自在に使いこなした。アンダーカバーのショーで使われたもの

斬新で個性的なそれらのヘッドピースだが、ショーの映像を見ると服にすんなりなじんでいることに驚く。まるで最初から服に合わせてデザインされたようだ。しかし、多くは服のデザインを見る前に作られている。

たとえばジュンヤ ワタナベでは、デザイナーの渡辺淳弥さんが伝えるシーズンのテーマやコンセプトを手掛かりに、加茂氏は3つ、4つヘッドピースを試作する。それを渡辺さんのところに持参し、良いか悪いか方向性を探る。デザイナーにとっても、まだはっきりと具体化していない服。そこを目がけて、ヘッドピースの制作は服のデザインと並行し、あるいは先んじて進む。

ジュンヤ ワタナベのショーで使われた、ハリネズミのようなヘッドピース

そんな制作過程を聞いていると、加茂氏のヘッドピースがデザイナーを触発することすらあったのではないかと想像してしまう。誰も思いつかない唯一無二のデザイン。それがシャネルのカール・ラガーフェルド氏ら多くのデザイナーを引き付け、重用された。

展覧会では加茂氏のアイデアの源ともいえる膨大なスクラップの一端も見ることができる。「セックス・ピストルズ」のシド・ヴィシャスの写真、マン・レイ展のチケット、チューインガムの広告。目に留まるあらゆるものが切り抜かれ、時に写真の上に髪形や装飾の書き込みが見られる。ヘッドピースのアイデアを蓄え、練り上げていった様子が見てとれる。

展覧会では加茂氏のスクラップも展示された

加茂氏は生前、テレビ番組で「『いい!』は自分で決めよう」と語っていた。良しあしは他人が決めることではない。自分が本当に良いと思える物を作り出すには、普段から面白いと思った物をよく見て、なぜそう思ったのかを考えることがヒントになると説く。スクラップブックから、その創作姿勢はうかがうことができた。

それにしても加茂氏が活躍した90年代から現在は、ヘアメークがファッションを形作る上で存在感を増していった軌跡と重なるようにみえる。「奇(く)しくもマーシャル・マクルーハンの『人間拡張の原理』が再びブームになった時期と重なる」と指摘するのは、服飾研究家の深井晃子さんだ。

「メディア論」で名をはせたカナダ生まれの哲学者マクルーハンは、ラジオが耳、自動車が足の拡張であるというように、メディアや技術は人間の身体を拡張するものであると説く。そこでは衣服は人間の皮膚に次ぐ「第二の皮膚」になる。強いメッセージ性を持つデザインが求められ、やがてその強さは衣服を超え、人間の顔、頭髪と広がっていく――。

複雑な幾何学模様や曲線を表現したヘッドピース。ジュンヤ ワタナベのショーで使われたものなど(展示風景の写真はすべて香川県の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)

日本でカリスマ美容師のブームが起きたのは1990年代後半、化粧品や美容を中心に扱う雑誌「VOCE」の創刊は98年。「美的」(2001年)、「MAQUIA」(04年)の創刊が続き、コスメの口コミサイト「@cosme」が立ち上がったのが1999年である。この頃からヘアメークへの関心が飛躍的に高まっているように感じる。

メッセージを伝えるメディアは衣服から頭髪、化粧へと拡張し続けてきたのかもしれない。するとSNSが日常生活と切っても切れない現代、加工アプリで修正され、「盛られた」写真の数々は人間が今なお拡張し続けている過程を示すのだろうか。そして、そんな時代に加茂氏は何を作っただろうか。早すぎた死が惜しまれるばかりである。

岩本文枝

岡田真撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年8月25日付]

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