地震の影響で、白石蔵王駅近くで脱線した東北新幹線の車両(2022年3月、宮城県白石市)

防災の日である9月1日は、1923年(大正12年)のこの日に関東大震災が発生して多大な被害が生じたことにちなんでいる。あれから101年。このところ地震に翻弄される鉄道の話題が目立つ。

2024年(令和6年)8月8日に宮崎県南部で最大震度6弱の地震が発生したのに伴い、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を同日中に発表した。

静岡県から四国を経て宮崎県に至る地域では列車の運休や徐行が実施され、特にJR東海の東海道新幹線では三島駅と三河安城駅との間で列車の速度を落として運転された点が目を引いた。同社によると、最高速度を時速285キロメートルから時速230キロメートルへと落とすことで列車が停止するまでの時間が短くなり、大地震が発生しても被害が軽減されると想定されたからだという。

南海トラフ地震の臨時情報が発表され、東海道新幹線に遅れが生じたことを知らせる駅構内のモニター(2024年8月9日、JR東京駅)

気象庁による臨時情報が出されていた最中の8月9日には神奈川県西部を震源とする最大震度5弱の地震が発生している。震源に最も近い場所を走る小田急電鉄の小田原線では多くの列車が駅と駅との間に立ち往生したものの、負傷した人はいなかった。

あらゆるものが揺れる地震では、列車に対しても線路や駅などに対しても大きな被害が避けられない。なかでも怖いのは走行中の列車が脱線する事態だ。関東大震災ではJRの先祖に当たる鉄道省の国有鉄道で列車脱線事故が起きた。中でも当時熱海線と呼ばれていた今日の東海道線では、根府川駅に進入しようとした普通列車が地滑りに遭って脱線した後に海中に転落し、死者・行方不明者合わせて約112人、負傷者13人を出す大惨事となる。

現代では、地震発生直後に届く小さな速い地震波「P波」の検知が可能となり、ゆっくり到達して大きな揺れを起こす「S波」が到達する前に大地震の発生を列車に知らせる仕組みが整えられた。

鉄道会社が独自に設置した地震計による検知、それから気象庁の緊急地震速報、防災科学技術研究所の海底地震津波観測網情報などでおおむね震度4相当の揺れとなる地震のP波の発生が列車に伝えられると、新幹線では自動的に、新幹線以外の鉄道では手動で列車を非常停止させる。特に、新幹線に採用された自動的に列車を停止させるシステムは1992年(平成4年)3月14日に東海道新幹線で使用開始と歴史も長い。地震の少ない海外では例を見ないシステムとして注目の的となった。

ところが、2004年(平成16年)10月23日に発生した新潟県中越地震で、そのシステムの盲点を突く出来事が起きる。震源地の新潟県川口町(現長岡市)に近いJR東日本上越新幹線の浦佐駅と長岡駅との間を走っていた「とき325号」は緊急停止が間に合わず、10両中1両目から3両目までの3両、そして6両目から10両目までの5両の合わせて8両が脱線してしまう。しかも、最後部の10両目は車体の半分以上が線路からずれ、隣の線路との間にあるスプリンクラー用の水路に転落するほどの惨状を呈した。

新潟県中越地震は最大震度7と極めて大きく、しかも震源の深さは13キロメートルと浅い。P波とS波とがほぼ同時に到達する直下型地震であったから、時速約204キロメートルで走行中の「とき325号」の停止が間に合わないのは仕方がない。幸いにも乗客、乗務員に死傷者は生じなかったが「列車の脱線を防止できたのでは」「いやせめて車両が大きく傾く事態だけは避けられたのではないか」と多くの鉄道関係者は考える。

「とき325号」が脱線した原因を調査するうち、意外な事実が判明した。先頭車の前寄りの台車には、前方の障害物をはね飛ばすための排障器、それからモーターからの出力を車軸に伝えるための歯車を覆う歯車箱が設置されている。脱線したときに、車輪のすぐ横にある排障器取り付け用の台座や歯車箱と、脱線した車輪とがレールを挟み込んだ結果、車両の挙動を安定させていたことが判明したのだ。もしもレールを挟んでいなかったら列車は線路から飛び出してしまい、転覆や衝突は避けられなかったかもしれない。

JR東日本は事故の調査の結果を受け、新幹線の列車が仮に脱線したとしても線路から大きく逸脱しないような対策を施す。左右の車輪のそれぞれ外側にL字型の逸脱防止ガイドを装着し、脱線してもレールに当たって列車が大きくそれないように改めたのだ。このような仕組みは東北、上越、北陸、北海道の各新幹線に導入されている。

新潟県中越地震で「とき325号」が脱線した事故を受け、列車が線路から大きく外れないための対策として逸脱防止ガイドが設置された(2010年12月27日に筆者撮影)

他の新幹線では異なる仕組みが採り入れられた。東海道新幹線と九州新幹線とでは列車の脱線そのものを防ぐため、左右のレールのそれぞれ内側にL字形状の脱線防止ガードを設置したのだ。万一列車が脱線したときに備え、車両の床下中心部に逸脱防止ストッパーを取り付け、このストッパーが脱線防止ガードに当たることで車両が線路から大きく飛び出さないようにしている。

東海道、九州、西九州新幹線では脱線を防ぐ目的で左右のレールの内側に脱線防止ガードを設置した。見づらいが、右から2本目、3本目の線路に設置されている(豊橋駅で2019年10月30日に筆者撮影)

山陽新幹線では左右のレールの真ん中にはしごのような形をした軌道用の逸脱防止ガードを枕木(まくらぎ)に取り付けた。列車が脱線しても車輪がこのガードに当たることで逸脱を防ぐのだ。

新幹線に導入された脱線・逸脱防止対策は2011年(平成23年)3月の東日本大震災や2016年(平成28年)4月の熊本地震といった大地震で効果を発揮する。どちらの地震でも回送列車が脱線したものの、大きな被害は生じなかったのである。

だが、脱線・逸脱防止対策の盲点を突く出来事が起きてしまう。2022年(令和4年)3月16日に起きた最大震度6強の福島沖地震で白石蔵王駅を目前にした下り「やまびこ223号」が非常停止した後に脱線し、乗客6人が軽傷を負う事故が発生する。17両編成中前から5両目以外の16両が脱線したうち、1両目、12両目、13両目、14両目の4両では逸脱防止ガイドがレールを越えて、車両が大きく外にはみ出してしまったのだ。

調査の結果、地震の揺れが大きく、しかも車体も左右に大きく揺れたことから逸脱防止ガイドがレールを乗り越えてしまったことが判明する。先頭車の最も前の車輪の横で排障器の取り付け台座と兼用している逸脱防止ガイドが他の車両よりも短かったので、下に延ばすことが検討されているという。さらには車体が左右に大きく揺れると台車ごと浮き上がらせてしまうので、車体の揺れを抑えるためのダンパー装置もただいま試験中だ。逸脱防止はもちろん脱線防止にも効果を発揮すると期待されている。

日本は世界有数の地震国だ。そうしたハンディを背負いながら新幹線は60年もの歴史を積み重ねてきた。これからも過酷な風土と折り合いながら、さらなる改良を重ねて新幹線の安全性はさらに高められることであろう。

梅原淳(うめはら・じゅん)
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

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【過去の「鉄道の達人」】

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