2005年に東京・三田にオープンした「御田町 桃の木」は、ミシュランガイド東京が創刊した08年版から一つ星を、16年版からは5年連続で二つ星を獲得した中国料理店だ。伝統的な中国料理の技法を用いながらも新しい味わいの料理を生み出し、ファンの支持を集めてきた。
オーナーシェフだった小林武志さん(57)は店を退き、6月、東京・六本木に「KOBAYASHI」をオープンした。8人がけのカウンター席でふるまうのが、おまかせコース「ULTRA(ウルトラ) K」(全10品)だ。「小林の頭文字でもあるKと、これまで積み重ねてきた中国料理を"超えて進化させる"の意味です」と説明する。
香港や台湾に年数回渡りボーダーレス化が進む"今の中国料理"をチェックしたり、フランス料理店で研修を受けたりと研究熱心な小林さんは、ジャンルを超えて広げた知見を料理に反映している。店を開くにあたって、「中国料理の範囲を超えてはいけないと、以前は使わなかった西洋料理の素材や調理法にも挑戦している」と話す。
この日のコースは、冷製のアミューズからスタート。ゼリーの上に盛られた「蒸し鮑(あわび)、紅芯大根、黒トリュフのネギソース」「帆立貝とグリーントマトのアボカドソース和え」「岩手県産磯つぶ貝のニンニク醤油(しょうゆ)煮」と3種類の貝の料理だ。アボカドソースはメキシコの「ワカモレ」風など、3つの貝は全く違った味わいが楽しめる。料理の下に広がる琥珀(こはく)色のゼリーは、シナモンやナツメ、クコといった薬効のあるスパイスなどを煮出し、果物の羅漢果(らかんか)の甘味を加えて固めたもの。自然の風味を生かして丁寧に作られたゼリーがおいしいと、主役ではないと知りつつ、つい食べ過ぎてしまう人もいるという。
ぜいたくな海のうまみを堪能できるのは、海鮮の一皿「KOBAYASHI特製XO醤(ジャン) ULTRA style」だ。伊勢海老(えび)はオリーブオイルと太白ごま油でスペインのオイル煮「アヒージョ」風に火入れし、XO醤を加えてさらに加熱する。XO醤は太白ごま油とピーナツ油を使用し、干し貝柱と金華ハムをたっぷり用いて辛さは控えめにうまみを引き出した自家製だ。プリっと弾力のある伊勢海老とXO醤が一体となり、うまみが増幅。「XO醤の特性を生かすためには、アヒージョスタイルが一番です」。おいしさを追求する小林さんの心意気が伝わってくる。
8人がけのカウンター席はライブキッチンになっており、座ると、調理台で小林さんが調理する姿を1メートルほどの距離から見ることができる。引き戸を閉めると部屋にもなるこの空間を「ULTRA K」と呼び、コース名も同じ名称にした。
小林さんは辻調理師専門学校で8年間中国料理の講師を務め、学生たちを料理人へ育ててきた経歴の持ち主だ。この新しい店ではコースの主な料理の仕上げを、講義さながらの解説で楽しませてくれる。「この店めがけて来てくれるのは、食に興味があるお客様だと思うので、きちんと料理の説明をしたい」と言う。調理台は説明をしながら料理を手際よく仕上げていく、小林さんのステージのよう。
本領を発揮するのが炒め物だ。「唐辛子は真っ黒くなるまで炒めると辛味が収まり、香ばしくなります」「キシキシとした歯応えにならないよう、インゲンの表面がちりめん状になるように火を通していきます」。中華鍋を振りながら軽妙に作り方やコツを説明し、ジャッと音を立てて炒めていく。食欲をそそる香りが空間全体に満ち、出来上がった瞬間の料理が出される。「温製の中国料理は、絶対に熱々でないといけない」というのが信条だ。
目の前で仕上げられた、熱々で一粒一粒がパラッとした炒飯(チャーハン)は、タイ産のジャスミン米を使い、具は干貝柱と長ネギ、卵だけ。味付けは塩のみで勝負する。均一にカットされていないと味にばらつきがでてしまうため、切り方にもこだわる。例えば長ネギは2ミリで統一し、スタッフは調理場のまな板の横にものさしを置き、測りながら切っているそうだ。
店にはソムリエが常駐し、フランス産の有名銘柄をはじめ1000本のワインを用意している。「料理に焙煎(ばいせん)されたごま油やニンニクをほぼ使わない。食後の軽さを大切にしている。それが自然とワインに合ったのだろう」。自身も2000本を所蔵するという。
小林さんは器好きとしても知られており、店では高級フランス料理店で使われるジャン・ルイ・コケの皿のほか、作家もの、古伊万里、約450年前の明代の陶器など、こだわりの器でもてなすこともある。「本物がわかる人に来ていただけたら」と小林さん。
5部屋ある個室では、「茄子(なす)の唐揚げ 山椒(さんしょう) 唐辛子(とうがらし)風味」「アヒルの舌 山椒唐辛子炒め」など、桃の木時代に小林さんが生み出したスペシャリテと季節のコースも楽しめる。
食材や調理法などの知識を深め、器をめでる。中国料理をより豊かに味わえる、刺激的な体験になるだろう。
ライター 安田薫子
吉川秀樹撮影
[NIKKEI The STYLE 11月3日付]
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