ある日、「会社の敷地内に猫が居つくようになった。居てもらっても構わないが、増えてしまうと困るので、TNR(ノラ猫さんに不妊手術をした上で、元の場所に戻すこと)をしたい」という依頼をいただきました。
ねこから目線。は猫にメリットがあると考えられることであれば、なんでもお手伝いする会社です。依頼を受けて現場に伺うと、がっしりした大きな身体に鋭い眼光、百戦錬磨のボス猫のようなノラ猫さんがいました。「きじやん」と呼ばれているそのノラ猫さんの餌場近くにご飯を入れた保護ケージを置き、そっと離れます。すぐに起き上がり、においをたどってケージの中へ。奥まで入って扉が閉まっても、気にせずご飯を完食する大物っぷりでした。
動物病院へ搬送すると、「今日お預かりした猫さん、眼瞼内反(がんけんないはん)のようです。一緒に手術しますか?」と電話がありました。生まれつきまつ毛の一部が眼球に向かって生えているため常に毛が目に刺さってしまい、痛くて細くしか開けられなかったようです。去勢手術と一緒にまつ毛の手術も受けたきじやんは、1週間で無事退院となりました。
TNRではケージの扉を開けると一目散に走り去っていく猫さんがほとんどですが、きじやんはゆっくりケージから出て、依頼者さんが用意してくださったご飯を平らげ、うれしそうに爪とぎをしたり、おなかを出してなでてもらったりしています。「あれ?! そんな人懐っこい子でしたか?」と尋ねると「いえ、私も初めて触りました」と依頼主さん。たった1週間の入院で警戒心の強いボス猫から、陽気な甘えん坊猫さんに大変身していました。もしかすると、これまで慢性的に痛みがあったせいで常に気が立っていたのかもしれません。痛みから解放された感謝と喜びを依頼者さんに伝えているようでした。
いったんめでたし、めでたし。となったかに思えたきじやんですが、外での生活はそんなに甘いものではありませんでした。
性格がすっかり丸くなったきじやんは人気者になり、ご飯をあげる職員さんが一人、二人と増えていきました。律義なきじやんは、出されたご飯は全て完食し、半年で体重が6キロから11キロに増えてしまいました。
オス猫の平均体重は4~5キロですので、猫というより中型犬に近い大きさです。太りすぎた影響で、真夏日には熱中症で死にかけ、病院へ緊急搬送。さらには人に驚き階段から飛び降りて重症の捻挫。3度目の通院で先生から「この子はノラ猫に向いてません」と言われてしまいました。
これまで、ガリガリに弱って保護になった子は何匹も見てきましたが、太りすぎて保護になったのは初めてです。里親募集をするための初期検査を動物病院で実施したところ、FIV(猫エイズ)陽性と判明しました。多くは寿命を全うでき、人への感染もありません。日々のお世話も過ごし方も健康な猫さんと変わらないのですが、持病があると里親募集は難航してしまいます。
きじやんは提携している保護猫カフェ「猫の惑星にゃーくる」(大阪市、 ホームページ=https://www.nyacle.com/ )のりんご猫部屋(FIVキャリア猫専用の部屋)に入店しました。保護猫カフェは、利用はゆったりと猫さんと触れ合いながら過ごすことができ、利用料は保護猫たちの支援になり、里親エントリーもできます。波瀾(はらん)万丈な猫生を一切感じさせない穏やかな空気をまといながら「一緒に暮らそう」と言ってくれる人が現れるのを、きじやんは今日も待っています。
きじやんのように、さまざまな事情から家族として迎えてくださる方を待っている保護猫さんは全国にたくさんいます。保護猫カフェや譲渡会、里親募集サイトなど、保護猫さんと出会える場がどんどん増えています。新しく猫を飼いたいと思っている方はぜひ、保護猫を迎えるという選択肢も考えてみてください。
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大阪を拠点に、猫にメリットがあると思えることなら何でもお手伝いする「猫の便利屋さん」を営む小池英梨子さん。ネコの目線で取り組む活動から見えるあれこれを、月1回つづってもらいます。
小池英梨子
立命館大学大学院応用人間科学研究科対人援助学領域修了。「ねこから目線株式会社」(大阪市)代表、「人もねこも一緒に支援プロジェクト」(NPO法人)代表。平成16年から猫の保護譲渡やTNR活動をスタート。大学院でノラ猫をテーマに「共生と共存社会のリアリティ」について研究し、29年に猫の多頭飼育崩壊など、ヒトの福祉と猫問題への並行支援が必要なケースに対応するため「人もねこも一緒に支援プロジェクト」を立ち上げる。30年に保護猫・ノラ猫専門のお手伝い屋さん「ねこから目線。」を設立。京都、福岡、沖縄にも拠点を置き、ライスワークもライフワークも猫にまみれている。
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