中村隆英著「昭和史」(東洋経済新報社・上下各1026円)あす29日は「昭和の日」。戦争と復興という激動の日々を顧み、国の将来に思いをはせる-という国民の祝日だ。昭和の終焉(しゅうえん)とともに作家や研究者らによって数多くの「昭和史」が書かれ、いまなおその勢いはとどまることがない。

今回紹介するのは、昭和史ブームの先駆けとなり、決定版とされる中村隆英(たかふさ)東大名誉教授(1925~2013年)の『昭和史』上下巻だ。平成5年の発行から30年以上読み継がれ、文庫、電子版、オーディオブックでも親しまれている。電子媒体を含む部数は総計約15万に及ぶ。

昭和史といえば、遠山茂樹らの同名の書籍が昭和30年に岩波新書で刊行されたが、一部の識者から「共産主義賛美」や「国民不在」などと偏向ぶりが問題視され、「昭和史論争」がわき起こった。現在流通している新版はやや修正されているが、「支配-被支配」「抑圧-抵抗」といった単調な史観が色濃く、正直読んでいて面白くない。

中村が昭和史論争をどこまで念頭に置いていたか分からないが、権力者から市井の人々までの情感がみなぎり、計900ページ近い大著は最後まで飽きさせない。特に、評者が魅了されたのは、統計データの豊富さ▽文学作品などの引用のうまさ▽実態に即した歴史の見方-の3点だ。

まずは統計データについて。日本統計学会会長などを歴任した中村が紡ぐ昭和史には経済分野の話が少なくないが、多用されるグラフ類が視覚的に理解を助けてくれるので、予備知識がなくても楽しめる。例えば、先の大戦中、多くの日本の船舶が攻撃されて沈んだことはよく知られ、悲劇的な事象として教育現場でも教えられている。中村は、海上輸送力の激減が、日本への物資供給源である「大東亜共栄圏」とのパイプを相次いで失わせ、終戦前に実質的に経済戦争で敗北していた実態をデータで示す。

ウクライナ戦争をみるまでもなく、戦争は物的消耗戦の我慢比べであり、経済的リアリズムの視点の重要性を認識させられる。戦後日本の重要な存立基盤の一つである海上輸送力やシーレーンの重要さは言うまでもない。

引用のうまさは、無味乾燥の通史に臨場感を宿らせる効果がある。評者が感銘を受けた箇所を一つ挙げるなら、それは当時19歳だった中村が終戦を迎えた日のくだりだ。

「長い戦争の終了という解放感と敗戦の虚脱感が強く身に迫ってきた。ドーデーの『最後の授業』という短編小説が急に思い出された」

前半部分は日本人の多くの共通した思いとしてさまざまな本で言及されているが、敗者の痛切な悲哀を「最後の授業」と重ねた記述を読むのは初めてだ。昭和改元の前年に生まれ、昭和という時代と伴走した著者ならではの情感がにじむ一文といえる。

最後に、実態に即した歴史の見方について。昭和の戦前期は軍部が独裁的権力を行使し、満州事変、日中戦争、先の大戦に突き進み、日本を滅亡に追い込んだ-といった見方がある。中村はそれに与(くみ)しない。そもそも、強大な権力を得た東条英機でさえ地位を追われたではないか。露呈したのは指導力と統一性の欠如だった。

「少なくとも戦時日本の支配の実態が、ドイツとも、ソ連とも異なっていたことはたしかである」

日本の政治風土に、本当の「独裁権力」は生まれにくい。碩学(せきがく)の考察は時代を超えて響く。(花房壮)

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